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Ⅰ
どうやら私は死んだらしい。
目を覚ますと、真っ白な何もない世界にいた。目の前には、自らを天使だと名乗る男性が立っている。
「坂下美智さんでお間違いありませんね」
タキシード姿の顔の整った男性は、分厚い本のようなものを見ながらそう言った。身長も高く、サラサラの髪の毛は顔を動かす度に品良く揺れる。その姿に不釣り合いな、ドーナツ状の白い輪が彼の頭の上にぽっかりと浮いている。
美形は天使の輪が頭上に付いていても様になるのか、羨ましい。
そんなことを考えながら、ぼうっと彼を見つめていると、切長の目を本から上げて思い切り睨まれた。
「坂下美智さんで、お間違いありませんね? と先程から何回もお聞きしているのですが。耳が遠くていらっしゃる? それともお話もできないのですか?」
美形のくせに口が悪い。ムッとしながらそうです、と目を逸らして答える。
「承知いたしました。自己紹介が遅れましたが、私は天使の田中と申します」
台本を読み上げるようにスラスラと、彼はそう言った。
「天使なのに田中って名前なんだ」
「便宜上の名前です。本当の名前は人間には発音できません」
くだらないことを聞くな、と言わんばかりの視線をこちらに投げてよこす。
「早速ですが本題に入らせていただきます。坂下美智様、あなたは今生死の境を彷徨っています」
「え、死んでなかったの」
「はい。いちいち話の腰を折らないでいただけます?」
「すみません」
もう何も言うまい、と俯いて下唇を噛んだ。
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