芽生え

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芽生え

「リリアナ様、もっと背筋を伸ばしてくださいませ」 メガネをかけ黒髪をひっつめている女性が 厳しい声で言った。 釣り上がった切れ長の瞳はシトリン色。 肌は白いが皺がある。 40代くらいだろう。 彼女はわたしの教育係。 今はダンスを教えてもらっているのだ。 社交界に赴くことなんて一度もなかったから ダンスの練習はしていなかった。 いや、してはいけなかった。 「はい!」 わたしは背筋を伸ばしダンスのステップをした。 「あー、ダメダメ!もっとしなやかに」 こうかな? わたしはしなやかなステップを心掛けて先生と踊る。 「そうです!リリアナ様。 やればできるではありませんか。」 先生の嬉しそうな顔にわたしも嬉しくなった。 「ありがとうございます。先生」 わたしは今、王太子妃となるため の教育を受けている。 このあとは、作法についてレオンハルト殿下自ら 教えてくださるそうだ。 毎日が目まぐるしくて忙しいけれど、 殿下とのティータイムで レオンハルト様と話すたび、疲れを忘れられた。 自然と顔が綻ぶ。 殿下は自分が炎呪という病に侵されていると 話してくださった。 身を焼き尽くすこの呪いはどんな治療師 でも治すことができず匙を投げたと。 殿下の火傷を見た陛下と王妃様、弟妹たちまで  レオンハルト殿下を恐れ、避けた。 だから陛下はレオンハルト殿下を王太子にすると 取り決めたのだという。 そんな酷いことあるだろうか。 その話を聞いて殿下の心境を思い胸が苦しくなった。 涙を流すとレオンハルト殿下は 「リリアナは優しいな」と涙を拭ってくれた。 病でお辛いはずなのに、他人のことまで気づかう あなたも優しいわ。 病を発症したときは燃えるような痛みに 起き上がることもできなかったという。 けれど何年か経つと 慣れてしまったと殿下は笑った。 わたしは殿下の病気を治したくて 治療院に赴いた。 けれど、皆炎呪は治すことができないと言う。 だから、わたしは殿下のために尽くすと決めた。 殿下のおそばにいてわたしでは 頼りないかもしれないけれど その痛みを少しでも軽減できるように。 いつか、炎呪を治せる治療師が現れるまで。 早く、殿下にお会いしたいわ。 わたしはまだ、芽生え始めたこの感情を まだ知らなかった。
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