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「お怒りついでに話があります。これは俺の勝手な考えですが、笑わないで聞いてください。俺は、畑違いですが、本気で考えているんです。マスターズの未来を。」
鞄から三つあるファイルの一つを出す。少し、手が震えた。
「たった2週間の研修ですが、気付いたことをまとめました。マスターズの問題点は中途半端でどっちつかずの品揃え…会社の方向性、社員教育、働く環境の整備の三点だと考えました。」
菅にファイルを渡す。
「会社の方向性については、現状の店舗では定番商品を扱うスーパーマーケット形態を残し、別店舗でこだわりの食品を扱うのはどうでしょうか。定番商品とこだわり商品の棲み分けをするんです。」
同じ店舗内で?菅がファイルに目を通しながら、そうじゃないのねと自分で答えを出す。
「そこにあるのは、現在のマスターズ店舗から200メートル以内、更に駅に近い方にある空き店舗の情報です。不動産屋に直接確認は取っていないので今後入居予定があるかは分かりませんが、条件に合う物件が存在します。実際に見た所が少なくて申し訳ないですが。」
15店舗、見に行ったの?ご丁寧に写真まで?菅は関心するというより、訝しげにこちらを見る。
「こちらでもマスターズカードや買い物券を使えるようにしたら、いつもの買い物はここで、特別な買い物はあちらでとお客様の選択もできます。それに、マスターズに来店されない客層を取り込むことも出来る可能性があります。」
「こんな話、さっき、向井君も言ってた。」
見る?と向井の名が入った資料を見せてくれる。俺のとは違って具体的にどの商品を別店舗で扱い、価格帯はこの程度でと細かく記してあった。
「なんか、二人で話したの?」
俺は無言で首を振る。俺はもう3ヶ月もまともに話をしてませんから…弱音が出る。そう、それは。喧嘩でもしてるのかな?と菅が俺の肩をポンポンと叩く。
「でも、これ、仕事が終わってから調べに行ったんでしょう?」
「はい、申し訳ありません。星乃高のバイトの鹿山さんにも手伝ってもらいました。いえ、無理にやってもらいました。申し訳ありません。このことは明日、全部、部長に話します。」
「そうかぁそれは、やり過ぎたね。残念だけど、パワハラまがいのことをして集めた情報を僕も使うことはできないんだよ。」
菅は急に興味を無くしたように、見ていたファイルを俺の膝にポンとのせた。
「こういうのはね、勤務時間内にやりなさい。君等がいつも言ってるでしょう。」
上を説得して、仕事としてやらないと、会社は動かないんだよ。
そう言いながら、向井の資料だけ鞄にしまった。
「すみません…申し訳ありません…」
俺は泣くまいと思った。目から溢れる雫はなんだろうと、スーツに広がる染みを見つめていた。
「大丈夫だ。」
菅は俺が知る限り、今まで発した中では一番短い言葉を口にした。それは恐ろしさよりも、諦めのような感情を俺に与えた。
菅は車から降りようとして窓の方を向いたが、またこちらを向いたのが足の動きだけでもわかった。
「柏木さんさ、どうなっても、僕の事、恨むなよ。」
俺は涙でほとんど見えない目を、菅に向けた。
「そのファイル、貸して。いや、もうちょうだい。」
は…はい、と手に握っていたファイルを菅に差し出す。
「馬鹿野郎。あんたの勝手な行動で、向井君まで巻き添えを食うかもしれないんだ。あんたの為じゃないからな。いいな。」
はい、と俺は下げていた頭を、更に深く下げる。
「あとまだ、なんかやってるだろ。社員教育と環境整備、コソコソ調べたんだろう。急に柏木さんが訪ねて来て、世間話して帰って行ったっておちこちから報告が来てるんだ。」
はい、申し訳ありませんでした…と俺はまた頭を下げる。
「面白い奴。そんなに突っ走る人だとは、思わなかった。」
菅は楽しそうに笑った。
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