18人が本棚に入れています
本棚に追加
車を降りた菅を残して、俺は星乃高駅の西口へ向かう。
「柏木さん、うそでしょ?もう2時間経ってんですけど。なにこれ。おかしいでしょう?」
文句をタラタラと吐き出し続ける鹿山を車に乗せる。律儀に西口のベンチで待っていたその手には一冊の台本が握られていて、それを隠すように鞄にしまう。
「来週から稽古なんですか?」
「そうなんです。次の公演は9月の中旬です。一応、公開前の作品なんで、台本お見せできずにすみません。」
そんなこと、俺は興味はない。
もっと怒っているかと思いきや、車に乗るとしれっとして。これが冬だったらもう帰ってましたけど、夏の駅前は気持ちのいいもんです。なんておじいさんのようなことを言っている。
「で、どうしたんですか。柏木局長の集めていた情報はまとまりましたか?」
この、たまに出てくる局長ネタは未だにわからないが、もう説明を求めて聞く気力も無かった。
「高頭が何者か、わかりましたよ。」
「それは、素晴らしい。教えてください。」
2時間待った甲斐がありました。と手を叩く。
「高頭は、マスターズの菅マネージャーと知り合いでした。菅さんは星乃高の前店長。向井はその部下。この繋がりから、高頭は向井とたまに歌舞伎に行くようになった、ようです。」
「それだけ、ですか?」
「それが全てです。」
「確かに、それが分かれば僕の高頭って誰?は解決しますが。」
「解決、おめでとうございます。」
車は鹿山に向かう先も聞かず、以前に聞いた最寄り駅に向かっている。
「ありがとうございました。なんか僕、楽しかったですよ。柏木さんとお話が出来て、こき使われて、3回もこんないい車、乗せてもらえて。」
鹿山は高頭のことをそれ以上聞かなかった。
俺はそんな鹿山がやっぱり気に食わない。もっと怒って、なんだそんな情報しか持って来れないのかくらい言ってくれれば、もっともっと恨めるのに。あんなにこき使われて、あの情報をどうするのか、聞きもしない。
「以前、柏木さんは向井さんのこと何も知らないって言って、すみませんでした。」
だいぶ前のことを引っ張り出して律儀に謝らなくたっていい。
「さっき、菅さんから電話がありました。」
なんでも隠さずに教えてしまうところも、気に入らない。
「あんまりひどいこと言われたり、こき使われてたらパワハラだよって言われましたけど。僕、ひどいこと言われた覚えはないし、柏木さんとの行動時間、全部記録してたんで。バイト代もらえるなら大丈夫ですよって、お話ししました。」
意外と、ちゃっかりしてるのも嫌なところだ。
「菅さん、向井さんの提案をだめにしたくないって。言ってました。喧嘩中で話もしてないのに、二人の提案が同じだったのに驚いた、とも。柏木さんは、向井さんの何も見てないなんて言ってすみませんでした。そんな話、とても敵わないな。」
自分を下にしてこっちを立てるようなところも好きじゃない。
「向井さん、柏木さんのこと悪く言ったこと、一回もないんです。きっと柏木さんがいたから、今の向井さんがあるんです。」
だから、なんだっていうんだよ。もう、向井と一緒にいる自慢はやめてくれ。
「柏木さん、あなたは悪くありません。」
鹿山が喋り終えたところで、もういいでしょうと、俺は通りの少ない所で車を停車させた。
最初のコメントを投稿しよう!