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「昨日も電話で聞いたけど。柏木さんに何をされていたか、詳しく教えて欲しいの。」
早番の鹿山をつかまえた菅が、店長、忙しいのにごめん。20分、鹿山君貸してねと。ここ最近の非公式の空き店舗調査について、聞き取りを開始した。
鹿山が柏木に調査の手伝いを強要されていたとしたら、ここ最近自らが啓発していたハラスメントに当たる行為をしていたということになる。
「柏木が言うには、星乃高店の普段の様子を教えてもらっていた、空き店舗の調査を強要したと言ってるんだけど、それで合ってる?」
そんな風に言ってるんだ…と鹿山は額に手を当てて、小さな声で呟く。顔は深く俯いていて見えない。
「会社としては、パワハラは絶対に許されない。鹿山君、正直に言っていいから。例え柏木が友達だとしても、自分が嫌だと思ってやってたらそれはいけない行為なんです。」
鹿山は両手で顔を覆い。違うんです…とまた小さく呟く。
「蒼大の手伝いがしたかっただけなんです。彼の役に立ちたくて、僕が手伝うよって、どちらも、言ったんです。」
「そうた?」
「あ…やだな。すいません。つい、いつもの呼び方。柏木さん、責任感強いし、思い込みも激しいから、僕が手伝ったのが問題だって気付いたら、全部自分のせいだと思っちゃったみたいで。」
菅が徐々に理解を始めて、コクリと一度肯く。
「昨日も菅さんと電話した後、会って話したんですけど。正直に言うって言うから。僕はそれは本当のことじゃないから、嫌だってお願いしたんです。」
鹿山は涙声になり、時折声を詰まらせながら柏木への想いを語りだす。
「柏木さん、最近、前と感じが変わって。もしかしたら浮気してるのかなとか考えちゃって。近頃は車での会話、スマホで録音してたんです。いつも優しい感じだけど、なんか、後で聞いたら、わかることあるかなと思って。プライベートな内容ですけど、疑うなら、聞きますか?」
鼻をすすりながら、でも、恥ずかしいかな。車ってつい、盛り上がりますからね。と恥じらい、ポケットからスマホを取り出す。
鹿山が菅に目を移し、どうぞと再生ボタンを押すように求める。
菅も今までの柏木の行動を思い出し、なるほどそれでねと納得し始めている。
「わかった。大丈夫。もう、大丈夫だから。」
あと一押しだと踏んだ鹿山が最後に懇願する。
「僕のせいで、柏木さんが辞めさせられるようなことに、なりませんよね?菅さん、お願いします。蒼大を止めてください。」
菅が、鹿山の仕組んだ方の設定を全てを理解して、わかった、わかったから、鹿山君。スマホの音声もいいから。柏木のことは、安心してと鹿山の肩を叩いた。
鹿山は最後に、このことは、内緒にしてください。蒼大には二人の関係は誰にも言わないでと言われているので…菅さん、よろしくお願いします。と頭を下げた。
菅は誰にも言わないと約束してくれた。総務部長には、今聞いたように、鹿山君から申し出てやってくれていたと言うから。鹿山君もそう話してと申し合わせまでしてくれて。
鹿山は清々しく笑いながら、小走りで鮮魚へと戻っていた。
やってやった。さて、上手くいくかな。役者、鹿山がどこまで通用するか楽しみだ。
柏木さんも良く動いてくれた。僕の一言で察するなんて、素晴らしい洞察力だ。
「別店舗で売ればいいと思いついたけど。もう経営会議まで時間がないから。俺はその場合の商品を選別して提案してみる。」
柏木が星乃高へ研修に来た日に向井が、カヤケンに聞いてもらったからいいことを思いついたと話してくれた。
柏木さんに調査をさせたのは僕がやっても説得力がないからだ。課長補佐なら、ならばと会社が動く可能性もある。向井さんに言えないのは、残念。やっぱり、認めてもらいたい。
そう強がりながらも、向井を巡る喧嘩ばかりしている音声データの入るスマホを見て。
じゃあ聞かせろと言われたら、スマホを破壊して、逃げるしかないなと、実は足が震えていた。
でもね、思い出してくださいよ、柏木さん。あなたは僕にスパイまがいのことをしろ、だとか、調査の協力をしろ、なんて言ってないんです。
だから、もしこれが聞かれても大丈夫。
悪いのは、一芝居打った僕の嘘だけなんですからね。
そういうの、いいからと、向井さんの声がする。ごめんなさい。もうしません。こんなに苦しいなんて。
僕、知ってますと、長靴を履きながら、鹿山は向井に声を掛けた。
本当は柏木さんに言葉で愛を表現してもらいたくて、求めていたこと。
防水エプロンを身に着けながら、鹿山は柏木に声を掛けた。
本当は向井さんを愛していたのに言葉が足りず、わかってもらえなかったこと。
その割れ目に、僕が入り込んだんですよ。心の中で二人に言った。
僕の勝ちです。
それから鹿山は考えるのをやめた。また、水かきだった場所を切って、労災になるといけないからだ。
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