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5.採用活動に正解はない
「第5回安全衛生委員会」ホワイトボードにキュキュとペンを滑らせながら、今回の議題を書いていく「超過には残業を、打ったら退勤を〜時間外労働は上司が管理〜」と書いていく。
外は暑く、蝉の声も盛りだ。来週からお盆を迎える地域が多く、現場はさぞかし忙しいだろう。メンバーが集まらなくても仕方がないかと諦めていたが、全員出席と連絡が来た。
今回、向井は欠席なんだけど。そんなこた、メンバーに連絡する義理はない。いつも向井の座っている席を見る。
今日はバイヤー部長の蛤と菅マネージャーのお供で工場に視察に行くからとメールにあった。
そういう上の人と行く仕事、好きな奴は好きだけど。向井は嫌いなんだよな。あいつは売り場が好きなんだ。お客様が好きなわけじゃない。うるさくて、面倒な客もいっぱいいる。
適当にあしらったり、言いなりにならないように気をつけるのも必要だよねと、前にクレームを大きくして落ち込みながら呟いていた。
でも根っこは、マスターズを支えているのはお客様だ。その生活を守るために商品を揃えておいて気持ち良く帰ってもらいたい。そのための仕入れと接客だ。
その仕事を担う従業員への、労務管理…正確な勤務時間の管理と心身の健康を守り、職場環境を整備するのが総務の役目。
人は満たされていないと、他人に良いサービスは出来ない。従業員が幸せを感じていれば、来店するお客様にも温かく接することができる。はずだ。
「お疲れ様でーす。」
一番遠い店舗のメンバーが到着した。
「今日、向井欠席です。」
チラと扉の近くの席を見るので、先に教えてしまう。
「あら。だから店舗にもいなかったのか。残念。ま、いいや。柏木さんにご相談があるので。」
俺は資料を机の上に配りながら、なんですか?とそちらを見る。
「辞めたいって言う社員がいるんですけれど、早急に異動ってさせてあげられるものですか?」
異動ですか?すぐに?俺は人員の少ない店舗を数店思い出す。
「うちの店長と折り合いが悪くてこじらしちゃったらしいんです。店長は辞めたいなら、辞めちまえって言うけど。再就職先も見つけてないって言うし。勤続10年だから非常にもったいないなと思って。」
「部長に聞いてみます。離職者にはこちらも困っていて、引き留める前列が出来るなら、俺はありがたいと思いますが。」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。そうしたら、本人にも異動の希望があるか帰って聞いてみます。いいよで本人がもう決意は固いんですじゃ悪いですから。」
今辞めたらもったいないですよね。とその社員はいつも向井が座っている席に鞄を置く。
「私も、今年チーフに上がったんです。なんか、やっとって気分でした。でも結局、今まで見てきた店長やチーフみたいになっていくのかと思ってたんです。理想を追い求めるとか、格好悪いのかなと思い始めるのかなと。」
柏木が配った資料をパラパラとめくりながら、独り言のように呟く。
「そうではないですね。柏木さん。目指す上司がいなければ自分がなればいいんですね。いい売り場にしたければ、自分ですればいいんです。」
他のメンバーが、お疲れ様でーす。暑いね。などといいながら講堂に入ってきた。
向井のお気に入りの席に座る社員に視線が行くと、あ、向井さん欠席です。と先程の社員が教えている。
この中では一番年配のチーフが近付いて来て、部長がいないのを確認するとまあ、まあと俺の肩を叩く。
俺は、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでしたと深く頭を下げる。全員の顔は怖くて見れなかった。唇を嚙み締めた顔を見られないようにホワイトボードに視線を移し。
「時間になりましたので、始めさせて頂きます。」
安全衛生委員会を開始した。
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