18人が本棚に入れています
本棚に追加
安全衛生委員会が開かれる1週間前、社長、取締役、管理職による経営会議が行われていた。
来年度の営業計画として、マスターズの販売商品を専門店にシフトするか否かの大枠を決定したいということで、講堂内はいつもよりも緊張感が濃く漂っていた。
正直、現状維持しか方法はないと、今までの本社店の実績を見れば明らかだった。こだわりの高価格帯商品は売れないこともないが、ロスも多く、利益としては昨年と同程度に推移していた。
やらなくていいなら、今のまま危ない橋を渡らない方がいいと思う者、ここで専門店にシフトしなければ、他店との差別化に負け大型店に吸収されるであろうと危機感を持つ者。もう数年で定年だから穏便に済ませたい者など、考えは様々だった。
本来であれば、課長補佐の柏木もここに出席する予定だった。だが、問題行動により、それがなくなっていた。
菅にファイルを譲った翌日、柏木は総務部長に全てを話した。時間外に店舗を回ったこと、鹿山に無理に協力してもらったこと。空き店舗の情報収集と、組織図の中から面識のある人物を訪ねて回って、店舗を勝手に見た無許可の情報も部長に渡した。
訪ねた人物に迷惑は掛けないと、全てA店、B店としか表記はしなかったが、部長は呆れていた。
「柏木さん、いくら君が熱心にこの情報を集めたとしても、これは認められないよ。」
菅と同じことを言われた。柏木はここでも、申し訳ありませんと頭を下げるしかできなかった。
「今朝ね、菅マネージャーから、職場巡視に行きましょうって言われたんです。全店。経営会議までに。あと1週間しかないんです。経営会議までに。」
なるべく一店一店早く、確実に済ませたいから同行して。と部長が頭をかく。目はめんどくせと言っていた。
「柏木さんが無理に協力してもらった鹿山さんはすでに聞き取りが終わってるそうです。もう一度こっちからも話を聞くけど。活動した時間を全て記録していたそうなんで、バイト代を払います。不本意だけど、柏木さんも同じ活動時間だと言うからあなたの残業代も払います。」
いえ、それはと言うと、形式は大事なんです。勝手な行動で降格処分にはなるだろうから、これはもらってと話を遮られる。
「空き店舗の情報については、菅マネージャーの方で、柏木さんと同じような情報を偶然、集めていたんだそうです。」
そのまとめたのは、持ってる?あれば渡して欲しいんだけど。と手を出されるが、それは、昨日菅さんに渡しました。と正直に話す。
それは、これ?と出された資料は、柏木が作ったものととても良く似ていたが、違うものだった。
「違います。」
ふうんと部長が資料を眺める。この期に及んで、嘘はつかないだろうから。これは菅マネージャーが集めた情報なんだろうね。と部長は面白くなさそうに資料をしまった。
「柏木さん、やっぱり職場巡視は行くべきだった。それに、店舗管理部のマネージャーでも同行しないと、店舗は協力しないというのも当たっていた。総務は結局これだ。」
こうなったら総務は、店舗管理部と協力するまでです。部長は明日から職場巡視だから、必要な書類、用意しておいてと二冊のファイルを再び柏木に戻した。
違うな、総務はこれでいいんだ。単体では動きづらくても、歩み寄れば強い力になる。
悔しいな、柏木は思った。でもこれを越えれば、総務は新しい力を得ることができる。
面白いじゃないか。笑みが漏れる口元を隠し、すみませんでした…と呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!