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経営会議が思ったよりもあっけなく終わったと、報告をしてきたのは部長ではなく菅だった。
「総務さんの全面協力と、僕の今までの根回しのお陰だね。社長は決断できないみたいだったし、常務がちょっと渋ってね、でもその隣でさ、経理部長が眼鏡かけて、電卓叩き出したの。それで、全体的に数字がざっくりしてるから、全部の経費計算してみましょうか、もっと予算低くできるかもしれないですよ。銀行からの融資はご心配なく、先々代から当代に続く堅実な経営で我が社は信頼がありますから。って言ったんだよ。そしたら社長がうん、やってって言うから、そしたら常務もそうですねってなったわけ。まずは経理からの報告を待つという形でもう一回会議が開かれることになりました。」
一気に喋る菅の話は結論としては「上手くいった」ということだった。
柏木は言葉が出ない。
「柏木さんの問題行動はその後にさーっと話しておいたから。経緯を全部話して、役職一つ、降格ね。だから、チーフに戻るんじゃない?良かったね、課長補佐で。チーフだったら主任に降格だよ。部長はもっと落としたかったみたいだけど、いいでしょう。柏木さんもいないと不便だし。でも、部長も厳重注意になるからね、もう一回謝るんだよ。厳重注意なんて気を付けろって一言、言われるだけなんだけどね。減給とかじゃないだけ、本人は気が楽か…。」
菅はチラリとこちらを見る。
申し訳ありませんでした…と柏木はやっと言葉を絞り出す。
そんな柏木は、今、菅の車に乗って話を聞いている。
「青い車はどうしたの?」
「乗れる雰囲気じゃないです。チーフに落ちるなら、尚更、また電車通勤に戻します。」
「また、課長にでもなったら、乗って出勤しな。思い悩んで売るなよ。どうせキャッシュで買ったんだろうから。残高のあるローンにすれば良かったのに。」
「はい。でも、大事な思い出ですから、売りません。」
それでいいんだよと肩をバンバンと叩かれ、俺は前のめりになる。
「あの資料ですが、一晩で作り直したんですか。」
「そうよ、徹夜よ徹夜、46歳が。2人で。管理職だから手当はもらってるんで、ご心配なく。」
「高頭さんも手伝ってくれたんですか?」
「お礼に行くなよ。もうK・O!には出入り禁止だ。あんたみたいな突っ走るタイプ、あいつの傍にウロウロさせられない。」
それとこれとはどう違うんですか?と聞きたかったが、恨むなと言われたのを思い出し、また俯く。
経理部長の予算待ちではあるけれど、来年度からマスターズの別店舗の立ち上げと、基幹店舗のセンター化、それに伴って順次、店舗の改修が始まる見込みが出てきた。マスターズの別店舗が始動するタイミングで改めて、専門店化に必要な社員教育を計画し全体で行えば柏木の考えた問題点は消化できることになるだろう。
「入社した時は、考えもしなかったです。こんなに面白い仕事だなんて。」
そう?俺は知ってたよ。と菅は笑う。だってマスターズを日本一のスーパーにするって決めてたんだから。
「それで、どこに行くんですか?」
「新しくできたオイデヨーの店舗。品揃えがすごいんだって。見に行きましょうよ。」
「勤務時間外ですけど。」
「なに言ってんの、僕らにとっては価格調査、市場調査は生活の一部なんですよ。」
「…あ、嫌なら付いて来なくて、いいんだよ?」
菅が車のスピードを落とす。
「じゃあ、帰ります。」
「はい、どうぞどうぞ。」
「冗談ですよ。やってください。オイデヨーまで。」
うっかり口も開けないね。菅がまた明るく笑う。
柏木は向井のキラリと光る目を思い出していた。
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