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柏木は荷造りをしながら、5年前の休日を思い出していた。
「あれ?今日休みなのに、まだいるの?」
いつもよりゆっくり起きてきた向井に驚いて声をかける。
「なにそれ、俺だって芝居に行かない日だってあるの。」
休みの日でも10時頃には出掛けていく向井が、この時間まで寝ているのは珍しかった。
ぼんやりしながら、新聞を広げる姿を見ながら、最近一緒にどこかに行っていないなと思い立つ。
「ね、これからどこか行く?」
えー。どっか?と言いながら向井は首を右に、左に動かして、言い訳を考えていたが。あー、と急に目が輝く。
「東京の、テレビ局がある辺りに新しくできたショッピングモールの中に入ってる、オイデヨーに行きたい。」
「君らはどうして、買い物もしないのに、目新しい店はすぐに見に行きたがるのかね。」
向井にとって、芝居に行く以外の「どこかに出かける」とは新しくできたスーパーや既存の店を見に行くことだった。
「冷凍食品の種類がすごいらしいんだよ。若年層に特化してるとかで。見てみたいだろ。」
柏木は目を輝かせるほど見たいとは思わないが、話の種にはちょうどいいかと了承する。やはりマスターズの人間としては目新しい店が気になるというのも事実だった。
「じゃあそこ行って、近くにでかい車の展示場があるから、そこ寄ろう。」
向井は明らかに嫌そうな顔をしたが、運転するのは柏木なのだ、嫌とは言わせない。向井は車には全く興味がない。ガソリンが漏れずに動けばいいぐらいにしか思っていないだろう。
「マスターズの店舗と同じ位の面積が冷凍食品コーナーなんて信じられないよ。」
向井は夢の国から帰って来たような顔で、車を眺めている。いや、車は目に入っていないだろう。先ほど見た冷凍食品たちを思い出してあれは売れる、これは売れないと算段をしているに違いない。
「向井はさ、車、替えないの?」
柏木の言葉に我に返り、ああ、まだいいでしょ。入社して2年目で買ってこないだローン払い終えたばっかりだしと周りの車を今気付いたかのように眺める。
「柏木、どんな車欲しいの?ずっと貯めてるんでしょう?次は現金一括払いで買うって決めてるんだっけ?」
そう、今ならこれが買える。柏木は大衆的な5人乗りのハイブリッド車を指す。へぇと向井は面白くなさそうにそれを見て。こちらを見て、また車を見る。
「現金一括払いで買うには、つまんない感じがするけど。」
車のことなどほとんど知らないくせに、と思いながら、じゃあどんな車が面白いの?と聞くと向井は展示場の中を見回して。
「あれ、いいね。」
一台の車を指す。
「高いな。あの車、好きなの?」
いや、面白いじゃない。柏木に乗ってもらいたいだけ、と笑う。
「それだけ?青、好きなの?」
俺は向井の手首を見る。いつもは黒か白かグレーの服くらいしか着ないのに、腕時計の文字盤には半円に青いラインが入っているのを知っていた。
「好きではない。ラッキーカラー、かな。」
珍しい言葉を使うなと、手首から顔に目を移す。
買いますか?買いませんか?と向井がふざける。
一度乗ってみなくちゃわからないと、柏木は向井の腕を引いた。
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