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処分が下され、落ち着いた頃。
星乃高店に迷惑を掛けた事へのお詫びをしに、部長と共に赴いた。
「この度は、柏木が研修でお世話になっているさなかに、失礼な事をしまして、大変申し訳ありませんでした。」
部長と共に頭を下げた。
店長は、こちらはなにも迷惑なんてと、ただ笑顔で答えた。
結局、鹿山は星乃高で俺が研修している間、スパイのようなことをさせられていたとは話さなかったし、無理に使われたとは言わなかった、らしい。
菅から聞いた話だが。
鹿山は友達として、柏木さんに協力しただけですよ。柏木さん、大げさだなと、なにも気にしていない様子だったという。
鹿山の言い分と俺の言い分がやけに食い違うので、菅がしつこく聞いたが。
僕、柏木さんと友達なんで、むしろそんなに言われると菅さんが怖いから柏木さんに不利な話をさせられたってことになっちゃうんで。あんまり、怖い顔しないでくださいと。
泣き始めたらしい。
泣かれちゃったらもうなにも言えなくてさ。柏木さん、鹿山君に助けられたんだよ、良くお礼をしておくようにねと菅からは言われたが、俺はこれであいこだと思っている。向井との関係に横入りされて、向井を奪っていったのだから、これくらい。
鹿山が俺に高頭を調べてくれと言ったのが発端だったから、なにか考えてのことなのか。あいつの考えは最後までわからない。
タイムカードのある通路で徳重に声を掛けられた。柏木さん、忘れ物がありますよ。倉庫に取りに来てくださいと。これはすぐに嘘だとわかった。芝居とは、やり慣れないと難しいらしい。
徳重は俺を倉庫に連れて行き、段ボールを積みながら話し出した。現場はお喋りする時も手は動かしていないといけない。
「俺、去年労災で1ヶ月休職したんです。」
「覚えてます。」
「恥ずかしい話です。復職した時向井さんが、働いていると色んなことがあるけど、みんなすぐに忘れちゃうから気にしないんだよって声を掛けてくれたんです。」
「うん…。」
「借りた言葉になりますけど、そうだと思います。」
「ありがとう。」
「向井さんのファイル、会社の共有フォルダに入れておきました。向井さんに聞いたら、整理したならいいよと言ってくれたので。」
また、ありがとうと言って、頭を下げて倉庫を出た。
俺には、向井はなんて言ってくれただろう。なにやってんのと、言って。
柏木なら大丈夫だよ、と言ってくれただろうか。
君は向井君に甘やかされ過ぎて、自分に言葉が足りないのを忘れてしまっている。
向井がいてくれたら、こんなに突っ走ったりはしなかっただろうか。向井はいつでも俺を止めてくれていた。帰ると話を聞いてくれて、何か言ってくれて、あんこのお菓子を買ってきてくれて、それで俺は自分の気持ちを整理できていた。
俺はどうだっただろうか。向井はきっと、青い車も、指輪も欲しくはなかった。
そんなこと、元からわかっていた。向井がいたから、ここまでできた俺がいた。本当にパートナーになって欲しいと思っていた。世間がなんと言っても、俺はいいと思っていた。
向井はそんなこと、求めてはいなかった。目立たず、どこかに隠れて、自分の求めるものを追って、好きなように生きていたかったんだ。だから俺から去った。
恨むのは鹿山ではないし、強引に向井を求めても、帰っては来ない。
これからは、向井の欲しいものしか与えない。自分を変える?鹿山を認める?とても無理だ。もうこうなったら、自分の長所で欠点を補うしかない。
向井が欲しいのは、チョコと、俺だな。
また向井と話せるようになったら、これを持ってきちんと伝えよう。「待ってる」と。
マスターズの日常
~課長代理改め・柏木編~
おわり
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