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第30話:ふたりだけの時間
姉さんと話をした日の夜、草一郎から電話が入った。
お母さんが息を引き取ったこと。
葬儀を――最後のお別れを、終えたこと。
明日の夜に、れんげ荘に帰ってくること。
おれは草一郎の話にひとつひとつうなずいてから、「気をつけて帰ってきて」と伝えた。
受話器を置きながら、昨夜のできごとを思い出す。
落ち込んでいた姉さんに、好き勝手なことばかり言ってしまった気がする。
でも、あれでよかったんだと思う。
あのとき、おれの手をとって言葉もなく泣いていた姉さん。
でも泣き終えたあとは、おれの顔を見て、柔らかく微笑んでくれたんだ。
……あとはただ、ふたりの幸せを願うばかり。
*
いよいよ、草一郎が帰ってくる日になった。
九時を回った頃、風呂から上がったおれは、台所に向かった。
家のなかはひどく静かだった。
じいさんは先に風呂をすませたんだろう。
さっき部屋をのぞいたら明かりが消えていて、かわりに健やかな寝息が聞こえていた。
棚からお米を取り出し、ボウルに出していく。明日食べるぶんを炊いておくのだ。
水道の蛇口に手をかけたところで、階段を下りる物音が聞こえた。
振り返ると、パジャマにカーディガンを羽織った姉さんが、「あ、しず」と表情を和ませる。
「ありがとうね。お米、準備しようかと思って下りたんだけど……」
そう言ってはにかむ姉さんの顔色は、ずいぶんよくなっている。
今日は大事をとって学校を休んだものの、明日には復帰できるみたいだ。本当に、よかった。
「……病み上がりなんだから、明日も無理はするなよ。れんげ荘のみんなを呼ぶのは、もうちょっと先の方がいいんじゃないか?」
優しい言葉をかけるのは、ちょっと照れくさい。視線を姉さんからお米にもどしながら、ぶっきらぼうに言う。
だけど、心配ではあった。無理をして、せっかく治った風邪がぶり返してはいけない。
もし明日からみんなとの食事を再開するのだとしたら、おれが台所に立とう。
そう考えていると、姉さんが口元をほころばせ、柔らかく微笑む。
「うん。……でも、早くみんなに会いたいなぁ」
「……まあ、そうだな。長いこと、全員でご飯は食べてないもんな」
姉さんが倒れてから一週間、みんなとの夕食はお休みしていた。
草一郎がいないという意味では、一ヶ月も。
……それはやっぱり、寂しい。
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