5人が本棚に入れています
本棚に追加
第34話:大切な日々
「ごちそうさまでした!」
食事を終えて、みんなで手を合わせる。七人分の声が、きれいに重なった。
お皿洗いを協力してすませて、テーブルもきれいに片付ける。
それから、それぞれ温かい飲み物を用意した。
おれとじいさんは玄米茶、光さんと芙美花と麻奈ねえはココア。
姉さんは紅茶で、草一郎はコーヒー。
マグカップから柔らかな湯気が立ちのぼるなか、いよいよケーキの出番だった。
草一郎が持ってきてくれた箱の中身は、シフォンケーキだった。
ふんわりと焼き上がった、素朴なきつね色。
一般的なバースデーケーキに比べればシンプルすぎるそれに、れんげ荘のメンバーたちは拍子抜けしたようだったけれど。
「……かずの誕生日ケーキは、いつもこれじゃったな」
じいさんがぽつんと、懐かしそうにつぶやく。
「志織ちゃんと初枝ちゃんがこのキッチンで、毎年、焼いてあげようたなぁ……」
と、柔らかく目を細める。
「……じゃあお姉ちゃんにとって、思い出のケーキ、なんだね」
さっきまで目を丸くしていた芙美花だったけれど、今はもう納得したようだ。優しく微笑んで、姉さんを見つめている。
「……うん。私、小さい頃はあんまり生クリームが食べられなくって。ケーキ屋さんのものはほとんどダメだったの。だから、ふたりが作ってくれたんだよ」
姉さんがはにかみながら、シフォンケーキを見つめていた。
「ん~、愛だねぇ!」
「ケーキ屋さんのもきれいだけど、お母さんとおばあちゃんの手作りもあこがれるな~」
麻奈ねえと芙美花が、それぞれ羨ましそうに声を上げている。
光さんもうんうんとうなずいてから、
「じゃあこれは、初枝おばあちゃんが作ってくれたの?」
と、草一郎に尋ねる。草一郎は首を振って、
「いえ、……俺としずが、作りました」
「えっ?」
芙美花が目を丸くして、草一郎とおれを見る。
おれは照れくさくってうつむいてしまった。
ふたりでコーヒーを飲んだあと、初枝ばあちゃんの家で試作をした。
そして昨日、もう一度ばあちゃん家に訪ねて、このケーキを焼いたんだ。
本番は草一郎の部屋でもよかったんだけど、オーブンがなかったから仕方がない。
ドーナツみたいな型に生地を流し入れるときは、上手く焼き上がるか不安でドキドキした。
オーブンで加熱しているあいだは、何度ものぞき込んで。
無事にできあがったときは、すごく嬉しくて。
姉さんがどれだけ喜んでくれるか想像したら、早く見せたくて仕方なかった。
「…………」
姉さんはシフォンケーキをじっと見つめたまま、瞳を揺らしている。
薄紅色に染まったほおは、嬉しさと感動が表れているんだろうか。
「……和紗。初枝ばあちゃんからも、プレゼントがあるよ」
草一郎がそう言いながら、姉さんに封筒を見せた。
おれ達の試作を見守りながら、バースデーカードを用意していたんだ。
「俺に読みあげてほしいって言ってたんだけど、……いい?」
姉さんがうなずくのを確認してから、草一郎が封筒からカードを取り出す。
絵本みたいなタッチで描かれた、たくさんの花。「HAPPY BIRTHDAY」というロゴもおしゃれな、そのカード。
草一郎の低く落ち着いた声で、初枝ばあちゃんの想いが言葉になっていく。
『和紗、誕生日おめでとう。
あっという間に、もう17歳ですね。
いつも優しい笑顔で周りを思いやってくれるあなたは、おばあちゃんの自慢です。
きっと志織や彰人さんも、私と同じ気持ちでいるはずです。
あなたの人生には、つらいことがたくさんあったでしょう。
傷ついて泣いていたあなたも、
それでも必死で乗り越えてきたあなたも、
おばあちゃんはよく知っているつもりです。
だから今、あなたのためにケーキを焼いている草一郎くんやしずを見ていると、嬉しくて涙が出そう。
本当によかったね。
おばあちゃんはずっと、あなたの幸せを願っていますよ。
同じ気持ちでいる人が、周りにもたくさんいるはず。
誇りを持って、これからもあなたらしく歩んでいってください。』
読み終えた草一郎が、姉さんに向けて微笑んだ。
それを合図に、みんなで拍手をする。
「……っ」
姉さんは口元を両手でおおいながら、ぺこんっと頭を下げた。
ありがとう、と精一杯伝えているようだった。
草一郎はそんな姉さんを、温かく見守っていたけれど……。
「おらっ、このキザ野郎っ!」
麻奈ねえがいきなりその肩をつかみ、椅子に座らせた。
その隣にはじいさんがいて、梅酒の瓶を持っている。
「今日はお前の誕生日会でもあるんだって、忘れてないっ? かっこつけやがって!」
「草一郎、今日で成人じゃろう~? はじめてのお酒、れっつとらいじゃ~!」
その梅酒はじいさんお気に入りのものだ。
「草一郎と飲める日を、楽しみに待っとったんじゃで~!」と言いながら、グラスに注いでいく。
光さんが「いきなりロックは危ないですよ! 水か何かで割らないと!」とあわてて駆け寄った。
三人が草一郎の周りをうろちょろしたり、わいわい騒いだり。
草一郎は呆れたように目を細めていたが、やがて、堪えきれないとばかりに笑いだした。
明るくて、いつもより無邪気な笑顔。
はじめて見る表情が、とてもまぶしかった。

最初のコメントを投稿しよう!