あなたを盗んで

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あなたを盗んで

 北園が初めてそれをした記憶は、4歳の時だった。  保育園で仲よくなったゆめちゃんの家に招待された。  ゆめちゃんの部屋には、小さなクマとうさぎの家族が暮らすドールハウスがあった。  手のひらサイズのテーブルやベッド、ディテールの細かいバスタブやピアノやドレッサーに、北園は見惚れた。  中でも特に輝いていたのは、指先で摘まめる陶器のティーセットだった。  ティーセットは小さいのにすごくリアルで、蓋つきのポットが一個と、カップとソーサーが四個ずつあった。  一個のカップには、取っ手がなかった。一個のソーサーは端っこが欠けていた。  ゆめちゃんが強く置いたり投げたりした時に、少し壊れてしまったそうだ。  割れた陶器は危ないから捨てなさいとママは言うけれど、四個でセットだからまだ持っている、早く新しいのを買ってほしいと、取っ手のないカップをデコピンしながらゆめちゃんは言った。  デコピンされたカップは、ぴゅーんと飛んで北園の膝にこつんと当たった。くるくる回り続けるのが可笑しくて、二人で笑った。  ドールハウスでたくさん遊んだ。  ゆめちゃんの家をさよならする時、北園は取っ手のないカップを、ジャンパースカートのポケットに入れて帰った。  持っていてねと言われたように感じた。
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