もう少しだけ早く

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「やっと……会えた」  全てを包み込んでしまうかのような真っ暗な夜空の背景の上に、空には都会では見られないであろう星々が煌々と輝いている。この高台の下にはいくつか家があるが、あまり電灯が溢れていないので、夜空は綺麗に澄んだままだ。  そんな景色の中、目の前にいる彼女は涙ながらにその言葉を発した。  彼女の姿を見て、俺は息を軽く吸い込む。  彼女――珠美(たまみ)は、真っ白なワンピースを風にはためかせていた。裸足のまま、ひび割れた大地の上に立っている。この時間帯、この場所で、この格好。美しいのは間違いないが、あまりに異様である。  彼女は口元に微笑みを浮かべてはいるものの、顔色は青白く、今にも消えてしまいそうな雰囲気だ。  信じられない。珠美が目の前にいるなんて。珠美に再び会うことができるなんて。 「珠美……」  俺は眼前にゆっくり手を伸ばした。彼女に触れようとしたのだ。  しかし……。  俺の手は、何を触った感覚もなく、彼女の体を貫通した。プロジェクターから投影される映像かのごとく、実物は見えるのに、触れられなかった。  手を戻す。俺は短く息を吐きだした。自嘲のような気分も混じっていたので、俺の口元には彼女と同様ほんの少し笑みが浮かんでいたかもしれない。  やっぱり……幽霊、だったか。 「……圭吾(けいご)に、()れられない……」  相変わらず珠美はぽろぽろと涙を零し続けている。会えて嬉しいという気分を示している口元と、触れられなくて悲しいという気分を示している涙。相反する気持ちの共存が起こっていた。  いや、愛しさと悲しさは、相反するものなんかじゃないのかもしれない。  珠美の涙……それを見ていると心が痛くなるので、早く止めてやりたい。けど、できない。あいつの涙を拭ってやれないこの手が、どうにももどかしい。 「珠美……ごめんな」 「何で圭吾が謝るの……?」  俺の言葉に、珠美は白いワンピースを揺らしながら答える。高校生とは思えない、自然で優美な仕草だ。 「私、謝りたかったの。今回のことについては全部私が悪い。そう、たったそれだけの話なの」  彼女の涙が星の弱い光に反射して、僅かながらに煌めく。全てが幻想的だ。俺は何もできず、ぐっと唇を噛み締める。 「私がもう少し、もう少しだけ早く待ち合わせ場所に行っていればよかったの。そうすればあの事故に遭わなかった。だから全部、全てにおいて私のせい。本当に、ただそれだけ」 「違うんだ」  俺は首を振る。違う、違う。死んでしまったのは、俺のせいなんだ。俺は、珠美が今回のことを自分のせいだと思っていることが、どうにも心残りなのだ。苦しいのだ。
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