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その日の夕飯時にこんな話になった。
「宗佑さん、今日私の職場に髪の長い女性が来たんです。双葉さんはいますか? って言われました」
夕飯のメニューはチキンカツ丼。白御飯とチキンカツの間に刻み海苔をばら撒く。
クゥーッ 旨い。
白御飯の上に揚げたてのカツを乗せて、煮詰めた黄金比の甘辛ダレをかける。
マジこれサイコー。
そんな幸せな感情に浸っている俺とは反対に、双葉はお構いなしに喋り続ける。
「私は仕事の方だと思っていたので接客したんですけど、そうではないみたいで」
飲み物はキンキンに冷えた烏龍茶にした。しかも一度沸かした黒烏龍茶だ。味が濃い上にグラスに当たる氷の音が、なんとも風情がある。
それをゴクゴクと飲んでいると双葉と目が合った。
「宗佑さん聞いてますか? 宗佑の浮気の話をしてるんですよ!」
思わず吹き出してしまった。そしてそれは霧吹きのように双葉の顔に掛かる。俺は慌ててティッシュを取り顔を拭いた。
「あっ、ごめん。かなり掛かっちゃったね。って言うか、俺は浮気とかしてないんだけど何でそんな話になったのかな?」
双葉は黙って俺に拭かれているだけで何も言わない。顔に吹きかけたことを怒っているのか? それとも浮気をしていたことを怒っているのか? いや、俺は浮気はしていないんだが。
「宗佑は髪の長い女性が好みなんです、あなたはこんなに短いのに、と言われました。
それを聞いていた上司が仲裁に入ってくれたので、事なきを得ました」
ティッシュで顔を拭いていた手が止まる。双葉にまた嫌な思いをさせてしまった。双葉だけではない、きっとその女性も嫌な思いをしていたに違いない。あの時と同じだ、レイラの時と全く同じだった。
「ごめん。また双葉に迷惑かけちゃったな。その人にも」
「そうですね、これで二度目ですね。ちゃんとしてくれないと困ります」
「ごめん」
双葉は、少なくなったグラスに飲み物を注ぎながら話し始めた。
「その女性は、本当は私が宗佑と結婚するはずだったと言っていました。宗佑さんのお父様が言っていた例の女性なんだなと思いました」
「双葉、ごめん。
その人ね、俺が怪我をする前のお客さんだったんだよ。政略婚の事とか全く知らなくて。でも、ただの常連さんとか固定客の関係だったんだよね。だからプライベートも接触は無かったんだよ。
気が付いたら親父の会社にいて紹介されて。冗談だと思っていたけどそうでもなかったみたい」
それを聞いていた双葉は、表情を変えることなく黙って聞いていた。
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