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「あの失礼ですけど、もしかして俺の名刺見ていただけてますか?」
貰ったことすら忘れていたので見ているわけが無い。
「あぁ、えっと」
スマホに張り付いた名刺を見ようとガサゴソすると、ヒビの入った画面で指先を切ってしまった。
「痛っ」
「大丈夫ですか?」
男性は私の指をそっと掴むと傷口を確認して少しだけ血を絞り出す。そのまま自分の袖口で押さえた。
「あっ、服が汚れますよ」
「いいんですこれくらい。俺もあなたの服を汚しちゃったんだから」
しばらくの沈黙が続く。そしてその沈黙が気まずさと指先の痛さを倍増させる。
風に揺れるイルミネーションが今度は、遊んでいけば? と私を誘う。
「あのぉ」
「なに? 痛い? ごめんなさい大丈夫?」
「あの、もう大丈夫ですから。スマホも先週替えたばかりで保証がききますし、スカートも自分で洗いますから。指も出血が止まれば」
「そっか」
男性は腰に吊したシザーバッグから絆創膏を取り出すと私の指に巻き付けた。
「これで良し」
私の指をしみじみ眺めながら、両手で優しく包み込む。
「この指全部に絆創膏を巻いてあげたい」
そう、私の指先は深爪でボロボロになっていた。今日に限っては、朝からの出来事で爪いじりが激しく甘爪も剥いでしまい赤肌になっている。
そしていつものパワハラに耐えながらそのストレスを爪にぶつける。
「大丈夫ですから」
私は恥ずかしくなってその手を引っ込めようとしたが、しっかりと握られていて逃げられなかった。
その手は暖かくて綺麗だった。白くて長い指は私の手を離さなかった。本当は私の手もそれを離したくなかった。
「ちょっと待って」
男性はまたシザーバッグから違う絆創膏を出して酷い指に巻き付けた。
「可愛いでしょ? うさちゃんの絆創膏。俺も怪我するんだ。これ貼ってるとお客さんにウケが良いんだよ」
「お客さんに?」
「そう、俺美容師。下手くそだから怪我するんだけどね。あと手荒れも酷くて」
下手くそ? 手荒れ? そんなはずは無いと疑問に思う。怪我一つ無い綺麗な手をしているのに下手くそ? まさか。
「今度、スカート汚しちゃったお礼させて下さい。名刺に俺の素性が全て書かれてるんで」
その言い方に思わず笑ってしまった。
「ごめんなさい、あの、変な意味では無くて。きっと真面目な人なんだなぁって思って」
「やっと笑ってくれた。俺の事信じてくれた?」
「はい」
キリッとした男性の顔は意外にも笑顔が可愛かった。
「今度店に来て下さい。ツヤ髪にします、スカートを汚したお詫びに。ご希望ならカットもします。あっ、でもロングだから切らない方がいいか」
私の背中まである髪を手櫛で流すとそう言った。
二人の距離が近い。私が見上げても顔が見えないくらい近い。
「綺麗な黒髪だね。何か手入れしてるの?」
そこで私が困っている事に気付いた男性。
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