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「宗祐からそのような話は聞いていなかったですか?」
あまりの衝撃に返事すら出来なかった。
「会社が大きくなると言うことは、そんなからくりもあるんですよ。そして宗祐は一人息子で大切な跡取りだ。将来を見据えて苦労しないように土台を作ってあげたい。それが親ってもんじゃないのかな。
一人息子だから必然的に私の仕事を後任することになるのだけれど、もう今までのようにはいかない。自由と言う猶予が切れるって意味なんだけれどね」
そんな事を言われても今の私には何も耳に入ってこない。今すぐこの場から逃げ出したいと言う感情だけで、その話を理解するなどと言うことは論外だ。
「それでこちらからの提案なんですが」
社長はニコニコしながら話をするが、良い事を言われる気がしない。
「双葉さんのお父様の会社は我々の傘下です。近々解体する予定で社員の半分が解雇処分になる予定です。勿論再就職の斡旋はします。
お父様に関しては、新しい職場で今よりも位の高い管理職をしてもらうというのはいかがでしょうか。技術的にも勝る人材だと聞いています。こちらとしてもその方が安泰です。
双葉さんの会社は引き続きこのまま運営していただきたいので変わりはないのですが、双葉さんのポストに後任を付けて昇格させたいと思っています」
私は泣くのを我慢した。歯を食いしばり震えを抑えた。現実とはこんなに辛いものなのか? 世の中の道理を飲み込めない私はまだ子供だって言うの? 父の雇用で釣ってくるだなんて、もう誰も信じられない。それに、ダメ押しの私の昇格。そんなもの要らない。
それだけを伝えられると社長は部屋を出ていった。
あの爽やかさでこの内容をサラッと言うなんて、やっぱり噂通りの人間だった。
一旦職場に戻って仕事を始めたが、全く手に着かない。それもそのはず、あんな事を言われて正気の人はいないだろう。
「双葉君、調子悪いなら帰っていいよ」
上司にそう言われたが、出来る所まで頑張ろうとパソコンにしがみ付いた。
日も傾き終業時刻になると、私の頭の中は空っぽだった。いつもの流れで仕事を終わらせて鞄を取り挨拶をして退社。
階段を降りて空を見上げると、いつものイルミネーションがカチカチと音を立てて外の世界へと私を迎える。
「そうだ、荷物、取りに行かなきゃ」
荷造りをしなければと宗祐のマンションに向かった。
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