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「双葉! 何やってんだよ!」
宗祐は洗面所に入ってくると、私が持っていたハサミを取り上げて洗面台に捨てた。その顔は怒りと言うより悲しみに暮れた表情をしていた。
「何でだよ! 何でこんな事したんだよ!」
私には怒られている理由がわからない。要らないと思ったから切っただけ。感情を無くした今の私には、宗祐の気持や行動全てが理解不能だった。
「自分で切ったらダメなんだよ! 大切な髪を切ったらダメだから!」
大切な髪? そうだ、この髪は宗祐の為に伸ばしていた髪だった。でも、もう必要ないと思って自分で切った。宗祐とも別れるつもりで切ってしまった。
宗祐が宝物のように思っていてくれた髪。私にとっても大切な髪。
「米澤課長さんに双葉の様子がおかしいから行ってやってくれって連絡あって」
そこまで言うと、宗祐は毛だらけになった私の手をきれいに払った。
「もっと早くここへ来ていればこんな事にはならなかったのに」
そして私にゆっくり抱きついてきた。
肩まで短くなった髪。背中を擦っても前のように手に絡まることがない。その手は何かを探しているかのように感じた。
「双葉がどんな判断をしたかはわからない。けど俺は双葉を離さないから。離すつもりもないから」
その声は震えていた。怒りなのか悲しみなのか。
そして私は自分の気持を整理できないまま立ち尽くす。
「嫌な思いをさせてごめん。親父がなんて言ったか大体聞いた、ごめん。傷付けてばかりで本当にごめん」
宗祐の鼻をすする音が洗面所に響く。
「また泣いてますね? 宗祐さんは泣き虫ですね」
そう言った私の声も震えていた。
「双葉、ごめん」
宗祐は離れようとはしなかった。
その震えた手でお互いを探りそこにいることを確かめる。
振り向くといつもあるその胸は、私をそっと包んでくれる。この暖かい背中を触る度に感じる優しさは、いつも私のことを心配して追い掛けてくる。この香りからも離れられない私は一人じゃないんだ。
なんで自分に嘘をついたんだろう。別れられないクセに、強がってみせたのかな。
「その髪、俺に切らせてくれないか? 時間が掛かるかも知れないけど、双葉の髪を切りたい」
私は頷いた。
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