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「その言葉忘れませんからね。絶対に幸せにしてくださいね」
その言葉を聞いた宗佑は、緊張から解放されたのかニッコリ笑ってテーブルに崩れた。そして、自分の手に持った指輪が視界に入ると慌ててケースから取り出し、私の指にはめた。
「ピッタリだね」
「なんで指のサイズを知ってるんですか?」
「計ったから」
「いつ?」
「双葉が寝てるとき」
え? いつ寝てたかな? 自分でも思い出せないくらい前の事だと思うんだけど。
「え? あの時? かな」
「そう、あの時」
私が人生で初めて無断外泊をしたあの時。寝ぼけて押し入れを開けてパニックになったあの時。
「そんな前に?!」
「そう、そんな前」
もう、会話が会話になっていないことが驚きの度合いを表している。
「俺は運命の人に出会ったと思ったんだ。あの冷めたコーヒーを掛けたときから。俺の最後の一口、それはまじないの一口。きっとそれが効いたのかな」
私は中身が少なくなったコーヒーカップを、テーブルに這わせながら宗佑のカップにくっつけた。
「出会いは最悪でしたけど、今こうしてコーヒーで繋がれた。こんなに大切に思ってくれる人がいるなんて、私は幸せです」
目が合うと照れくさくなって二人で笑った。
宗佑は与えられた猶予も終了し、父親の会社を継ぐことになった。今では毎日スーツを着て中間管理職として本社へ出勤している。
私はの方はと言うと、今まで通り何も変わらず職場へ仕事に通う。上司も今まで通り、仕事内容も今まで通り。何の不都合もなかった。
私の父親は会社は買収されて無くなってしまったが、同じ系列の職場に配属されて本部長として仕事をしている。
私達はまだ籍は入れていない。お互いの仕事が落ち着いたら頃を見計らってコッソリと入れようと宗佑が言った。
何よコッソリって。
宗佑と結婚するはずだった女性は髪の長い綺麗な女性だった。美容室の客でもあり政略結婚の道具でもあった。
そんな二人深くもなく浅くもない関係ではあったが、女性は案外と宗佑を好きだったらしい。結婚話が破談になり、私の存在を追いかけて先日職場に来た。
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