182と出会い

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182と出会い

「アメリカじゃないんだからタンブラー持って闊歩(かっぽ)してんじゃないわよ!」  人間って本気の言葉が出る時、後先考えずに出ちゃうんだな。私の恥ずかしい言葉がそれだった。穴があったら入りたいとはこの時の事を言うのだろう。 「だから男を作れ。いつまでも親に張り付いてるんじゃないよ」  物寂しく母に近づくといつもそう言われる。  男が嫌いなわけでも無い。  男が寄ってこないわけでも無い。  男に興味が無い、訳でも無い。  とっくに二十歳も超えて未だ独身。身長はどちらかというと低い方なのかな。二十過ぎてもジリジリと伸び続けているこんな私は趣味無し特技無しのどこにでもいる普通の女性。  体重は世間で言うと献血が出来ない。  性格は人見知りのつもり。  仕事はSE(システムエンジニア)保守運営事業管理。保守しながら運営して、おまけに管理までするなんてやることが多すぎる。  恋愛経験は無いわけではない。付き合った人は何人かいる。理想が高い訳では無いが長くは付き合えなかった。何故だろう。 「男は背が高い方がいいねぇ。アンタは背が低いから役に立ってくれるよ」  それは踏み台か脚立か。どちらでも良いけど付き合うには人間性も必要では無いだろうか。  母はそんな私に言霊のように言う。 「182センチは欲しいね」  どうやら母の憧れの人はそれだけ身長があるらしい。 「一緒にしないでよ。じゃぁ行ってきます」 「いってらっしゃい、気を付けてね」  出掛けるときは必ず見送りをしてくれる母。私は海藻が漂うかのようにヘナヘナと手を振る。そしてパワハラを受けに地獄の職場へと出勤。今日も起きた時から行きたくない病が発生している。  職場の近くに車を止めて徒歩十分。  街中をカツカツと一直線に歩くと、その角のビルに入った二階がオフィスになる。  すれ違う人はみんな足早に何処かへ向かう。髪をかき上げながら歩く前の女性も、スマホを操作しながら付いてくる後のお兄さんも。きっと私と同じで仕事へ行くんだろうな。 「朝からコーヒースタンドか。優雅だなぁ」  横目に見えたのは、壁に寄り掛かりながら香りと共にコーヒーを飲む人。 「私もそんな余裕が欲しいわ」  口から出るのは愚痴か嫌みしか出てこない。朝は結構ドス黒いスタートだ。  そんな私にも毎日の願掛けが有る。とは言ってもおまじないみたいな物だけど。 「今日もミスが有りませんように」  そう呟きながらビルの入り口手前で段差を昇るのに間合いを詰める。  すると誰かが後からぶつかってきた。 「あっ、ごめんなさい」  その拍子に持っていたスマホが手から滑り落ちた。 「ひゃぁっ」  驚きすぎて、言葉なのか効果音なのか分からないような声が出る。 「あっ、すみません」  その男性は落ちたスマホを拾うと私に差し出した。  無残にもバキバキに割れた画面。有り得ない光景が私の視覚を少しずつ濁らせる。  異物化したそれを私は素直に受け取る事が出来なかった。 「すみません。あの、ごめんなさい」  怒りに支配されていた私を現実の世界に戻したのはスカートの湿り気だった。 「あっ、ごめんなさい。熱くなかったですか?」  ぬるいコーヒーが掛かったスカートは既に冷たい。  それまでいろんな事を我慢していたが、それが今爆発した。 「アメリカじゃないんだからタンブラー持って闊歩(かっぽ)してんじゃないわよ!」
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