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翌朝。セットした目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。
外はすでに薄明るい。枕元に札束……。なんて、あるわけなかった。
現実をしっかり見ろ。と浮ついた自分をベッドから引き剥がす。
朝食はトーストとコーヒー。せっかくの日曜日だというのに仕事。それも所長の思いつきのイベントに強制参加と思うとテンションは下がりまくる。それでもださい桃色の制服のスーツをハーフコートで隠し、家を出る。更衣室すらない職場だから仕方ない。おみくじも持って出た。願い事はよくわからないけど、持っているとなにかいいことがあるかもしれない。
いつものように徒歩で通勤。駅前を過ぎ、しばらく歩くとトタンでできた簡易な営業所が見える。営業所前の広場では桂君たちがせっせと準備をしていた。私を含めて営業所に勤務する人はたった五人しかいない。
イベントは九時から開催することになっていた。広場には建設機械がずらりと並び、その前にテーブルとイスがセッティングされ、入口にはジュースボックスと受付用のテーブルが並べられていた。
パートの私は八時半までに出社するようにと言われていた。
「おはようございます」
「おそ~い」と間延びした声で吉岡さんが答えた。四十代前半の吉岡さんは修理担当だ。娘が生まれたばかりで、しょっちゅうその話を聞かされている。
「もう準備できたんですね。はや~い」
吉岡さんっぽく返す。
「こんなもん楽勝しょ」
矢次君がえらそうに私の隣で腕を組む。最近売り上げがズバ抜けていることをしっかり鼻にかけている感じ。
「お、おはようございます」
隙間から、ひ弱そうな声が通り抜けた。桂君だ。
「しっかりして、桂君。今日はお客さんのほうから来てくれるのよ。チャンスなんだからバシッと気合入れなさいよ」
私を見て桂君はへへっと口元を緩めた。これだから頼りないんだよね。
九時を過ぎてお客さんが続々やってきた。そのなかに孫らしき小さな子どもを連れた老人の姿があった。県内の河川工事や土地の造成工事をやっている会社の社長で、これまでに何台も油圧ショベルを購入してもらっている。すかさず社長のもとにあの男が貼りつく。そう矢次君だ。この日のために買った子ども用のプレゼントを両手に抱え、選ばせている。その姿を遠目に見ているのは桂君。その距離にまさしく成績の差が出ている。
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