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「いらっしゃいませ」
つぎに造園業を営む会社の社長がやってきた。こんがり日に焼けたおじさんで、色白の若い男性を連れている。うちは建設機械のレンタルもしているので、たまにレンタルにくる社長のことはよく知っていた。なんと言っても話し好きなのだ。
「こいつ、最近入ったやつでさ。大学で経済勉強したってのに、造園やりたいって、うちに来たの」
聞いてもないのに紹介がはじまる。
「卒業してすぐにですか?」
「いやいや転職だよ。うちに来る前は大手住宅メーカーで営業やってたの。だけど営業は無理だって。こいつが唯一契約できた施主さんが、うちに庭を頼んでてさ、そこで会ったわけ。弟子にしてくださいだって。こいつ俺の庭がそこいらの庭と違うことわかったんだろ。京都で腕を磨いた俺の腕を」
ガハハと豪快に笑う社長の隣でモヤシのように笑う男性を見ていると、桂君を見ているようで私も吊られて笑う。そういえば桂君はどこにいるんだろう。
「社長、また今度、ゴルフ行きましょ。社長のテクを学ばせてください」
大きな声で媚びを売る矢次君の陰に隠れるように桂君は立っていた。
ほんとにもう、なにやってんの。
「桂君。ちょっと」
私は目に力を籠めて桂君を呼ぶ。
「なんですか?」
おっとりとした口調で彼が答える。私の気持ちだけが空回りしているみたいで情けない。キミのことを考えているんだぞ。ついつい強い口調で話しかける。
「朝も言ったけど、今日はお客さんのほうから来てくれるわけ。営業マンなんだからガンガン攻めなきゃダメでしょ」
「お客さんのニーズに応えるのが僕たちの仕事ですから」
は? なに言ってるの。頭を抱えたくなるのを堪えて彼の話に耳を傾ける。
「別に買ってもらわなくてもいいんです。うちはレンタルもしてますから」
「それは、つまり……だから?」
「攻める必要はないと思います。もちろんお客さんが買いたいと言えば売りますけど」
うわ、こりゃダメだ。心の中で悲鳴をあげた。
「そんなんじゃ一生ノルマ達成なんかできない、かもしれないよ。それでもいいの?」
僕ちゃん大丈夫? ほんとはそう言いたい。おねえさんとして? それとも母性本能?
「僕はありのままでいきたいんです」
ありのままで、生きたい、行きたい、どっち? どっちでもいいか。
「好きにしなさい」
大きなため息が出てくる。やり方なんて桂君が決めることなのに。
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