頼りないね。桂君。

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 ファンファンファン。けたたましいサイレン音が静寂を切り裂いた。  音はどんどん近づいてくる。男の腕から力が抜け、解けた縄のようにぶらりと垂れるのがわかった。  サイレンが止んだ。  警察だ! 大きな声がした。  つぎの瞬間、おぼろげな街灯を背に人影がひとつ躍り出た。助かったんだ。  男はあわてて身を翻すと獰猛な動物が飛び掛かるように生垣を越え逃げ去った。 「山本さん、大丈夫ですか」  え、その声は? 人影は頼りない後輩、桂君だった。  桂君がスマホを頭上に掲げた。暗闇を照らすスマホからパトカーのサイレン音が鳴り響く。  一気に脱力した。同時におみくじの願い事を思い出した。 『暗闇の中に光が訪れる』  もしかしてこのこと? ポケットに入れたおみくじを握りしめた。  おみくじ当たってた。 「山本さんのことが心配だったんです。最近、この付近で女性が襲われたって聞いてたんで」  いつもと違って桂君の声に頼もしさを感じた。 「怖かった」  すべての細胞から力が抜け、私は倒れるようにして桂君に抱きついた。 「けがはないですか?」  顔を上げると、そこには心配そうに私を見つめる桂君の目があった。 「あ、ごめんね。ありがと」  突きはなすようにそそくさと腕を解いた。 「山本さんのこと放っておけないです」  は? それ逆でしょ、と突っ込みたくなる。いつもこっちが世話してるんだから。 「じゃあどうしたいわけ?」 「つきあってください。山本さんのことが好きです」  いつもの桂君とは思えないハッキリした口調で言い切った。うそみたい。驚いていると、 「ガンガン攻めていけって言いましたよね」  言ったっけ、そんなこと。いや、言ったか。でもそれお客さんにでしょ。  すごく頼りないくせに、こういうことは言えるんだ。ようやく落ち着いた私はじっと彼を見る。誠実さを訴えるように彼の瞳に強い本気度を感じた。 「僕じゃだめですか?」  不安げな言葉の裏に、自信のようなものが滲んで見えた。きっとそれは私を守れたことに対する自信。 「だめよ」 「え」 「だって、いまの私は桂君に助けてもらった恩があるじゃない。この状況で返事しろなんて。それってフェアじゃないでしょ」 「そ、そういうつもりはありません。本気なんです」 「だから、もう少しだけ待って。明日からの桂君を見て、それから考えるから」 「は、はいっ」  桂君がうれしそうに笑った。 「あんまり期待しちゃだめよ。どうなるか、わからないんだから」  そう言いながらも私は彼との未来を思い描こうとしている。  おみくじの恋愛運は『万事うまくいく』だったもんね。よく当たるおみくじ。信じてみるのも悪くない。
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