(青春)どんな役でもこなす先輩の秘密を知る話

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(青春)どんな役でもこなす先輩の秘密を知る話

☆プロット☆ 校外展を控えた演劇部。 衣装メイクを担当する心美は一つ上のゆう先輩(雄治郎)に惚れていた。オネェ役や男装している役をこなす演技派だが、それ以上に形の良い唇が好きだった。 当日が2/14であり、密かにバレンタインのチョコレートを渡そうとしていた。しかし、舞台に集中するために抜け駆けは禁止だと釘を刺される。 何役もこなしている中、ゆう先輩に純粋な女性役がまわってくる。高身長であり、体格も決して女性的とはいえない彼があたり、同じ役者である美琴が不満を言う。 しかし、脚本演出担当である岡本がそれを許さない。テレビの女優を気取るなといえば、美琴部活へしばらく来なくなってしまった。 岡本のこだわりは凄まじく顧問ですら説得することはできなかった。その結果、おとなしい子に狂人キャラなど奇抜なものばかりさせられてしまう。 皆が校外展の準備をし、心美もゆう先輩のために衣装のドレスやメイク道具を揃えていく。 衣装合わせの前日、心美は鏡の前で自らドレスを合わせるゆう先輩を見かける。その表情は本当に嬉しそうだった。しかし、その翌日から妙な噂が出始め……。 ★本編★  高校演劇大会当日。舞台の上では、先輩たちがそれぞれ役になりきって演じていた。 「この泥棒猫。よくもヒロシさんをたぶらかしたわね」 「たぶらかした? 愛人なのはそっちでしょ!」  女たちが言い争い、その真ん中では元凶となった男が2人を見合った。いがみ合っていたそのとき、上手(かみて)から背の高い男が入ってくる。 「ちょっと待ちなさ~い!」  濃いピンクのウィッグに胸元がバックリ空いたシャツ、裾の広いズボン。奇抜なキャラクターが現れ、登場人物だけでなく観客もどよめいた。 「アンタとも浮気してたってこと?」 「もう、全くヒロシちゃんのことをなんにも分かってないのね」  オネェが女に近寄れば、その威圧感から後ろに退く。風が起きそうなほど長い睫毛に一番後ろの席からでも分かるアイシャドウとチーク。  何より目を引いたのは唇だった。ウィッグと同じ濃いピンクだが、潤いと艶がある。そもそも唇の形が良い。  下唇が少しだけ厚みがあって、突き出さなくてもキスをしてほしいとせがんでいるような形をしていた。 「さっすが、ユウ先輩」  アタシは思わず声を漏らす。だが、舞台上では重々しい空気が流れていた。 「ヒロシちゃんから聞いたわ。2人とも自分のことなんて見てないって。見ているのは自分のお金ばっかり。  仕事の愚痴も自分は散々聞いてるのに、自分が言うと『情けない』とか『その分給料もらってるからいいじゃない』とか。  かわいそうだとは思わないの? 家に帰っても職場のように気を張ってウチみたいな奴にしか本音を語れないなんて」  あの唇から真剣な言葉が紡がれる。一際は派手な衣装やメイクをしているのに、観客は笑いもせず固唾を飲むように見守った。  アタシ自身も息を飲んでいた。やがて、空気に飲まれまい、と妻役の先輩が続きのセリフを言う。 「悪かったわ。今までそんな辛い思いをさせていたなんて。これからはもっと支えてあげるから」 「もう遅いわよ! ヒロシさんのことATM扱いしてたくせに。ヒロシさんも『アンタとは終わった』って」  再び妻役と愛人役がいがみ合い始めたそのとき、上手から長い髪を振り乱した女が走ってきた。その手にはナイフを持ち、目の前にいたオネェに突き立てる。  しこんでいた袋が破れ、その部分から赤くなっていった。 「なんで・・・・・・」  彼は倒れ、一切動かなくなった。長髪の女がわざとらしく踏みつけていくが、開いた瞼すら動かない。 「・・・・・・ヒロシは私のものよ!」  女がナイフを振り上げた瞬間、雷鳴とともに舞台は暗転した。  放課後、部員がざわつく中でアタシは撮影したDVDを見ていた。モニターの中では照明がつき、別のシーンに切り替わっている。  ここでも、ユウ先輩は登場していた。先ほどとは違い、パンツスタイルだが、鼻筋を強調したようなメイクをしている。  元宝塚歌劇団の男役である女優、という役どころだ。それを男子生徒が演じている、随分ややこしい状況だった。  だが、その微妙な違いを演じることが出来るのが、ユウ先輩のすごいところだ。  このときは衣装替え大変だったな。派手なメイクからきっちりしたメイクにするのも面倒だったし。  思い出に浸っていると、横から紙の束を差し出された。 「また、見てるんだね。心美ちゃん」  先ほどまで聞いていた声なのに、自身の横で聞こえると身体が跳ねる。顔を向ければ、彼は新しい台本を差しだし微笑んでいた。 「あ、ありがとうございます。ユウ先輩」 「そろそろミーティング始めるって。岡本が言ってたよ」  普段のユウ先輩はどちらかというと薄い方だ。切れ長垂れ目が笑ってることにより、さらに垂れ下がる。  鼻筋自体は通っているしパーツの大きさ、位置は完璧。まさに、化粧映えする顔立ちだった。  アタシが特に気に入っているのは、下に少し厚みのある唇だった。ユウ先輩に見とれつつ、部員が集まっている円の中に入る。  その中央にはタオルをバンダナのように頭に巻いた男子部員が立っていた。脚本演出担当の岡本先輩だ。 「無事に3年生も引退した。ということで今後は2月にある校外展に向けて皆には取り組んでもらいたい」  そして、丸めた台本でアタシのことを差す。他の部員からの視線も集まり、思わず俯いてしまった。 「だから、関口みたいに前の芝居見てクヨクヨするなよ」 「そりゃ、そうもなるでしょ」  アタシはただユウ先輩を見ていただけなのに、と言う前に立ち上がったのは篠川先輩だった。 「優秀賞まで取ったのに、『話が高校生らしくない』っていう理由で県大会行けなかったのよ」  そう指摘する様は、あの愛人役のときと変わらず気迫がある。生まれながら女優のような彼女に周囲は静まるが、岡本先輩は黙らない。 「高校生らしいって何だよ。いじめとか環境問題とか大人が喜びそうなことをやることかよ。そんなのつまんねぇよ、クソくらえって感じ。だいたい脚本選んだとき、明らかに先生の脚本の方が人気なかったじゃねぇか」  彼が言うと、皆の視線が今度は顧問の妻堀先生に集まる。気まずそうに白髪交じりの頭を掻き、メガネをかけ直した。 「い、いや、別に僕は構わないんだ。君たちのことを尊重した結果だし」 「岡本も篠川さんも一旦抑えて。校外展の話をしよ、ね?」  ユウ先輩が間に割って入る。彼に言われると2人は渋々話を戻し、岡本先輩は台本の説明をし始める。  内容は現実とファンタジーの世界を行き来し、流行も取り入れているらしい。 「じゃ、次は配役を伝えていく」  そう言って次々と役名と部員の名前を挙げていく。役者希望の部員は緊張し、祈るように手を組む生徒もいた。  衣装メイク担当であるアタシはその様子を眺めていた。しばらくして、ユウ先輩の名前が呼ばれる。 「・・・・・・物語の主役であるアディリーナは流 雄治郎(ながれ ゆうじろう)」  その一言に部員たちがどよめく。アタシも思わず台本を確認した。だって、アディリーナって・・・・・・。 「ちょっと岡本どういうこと? 女子生徒がこんなにいるのになんでヒロイン役を流くんにやらせるのよ」  一番に突っ込んだのは篠川先輩だった。部員の中にはそれに賛同するように頷く者もいる。案の定岡本先輩は引かない。 「今までの演技を考えた結果だ」 「演技なら負けてないし。あと、道重さんにまた変な役やらせようとしないでよ」  篠川に言われ、円の外側に座る道重さんの身体が反応する。 「い、いや、大丈夫、ですから」  首を振りながら小声で否定した。ただでさえ小心者の彼女が身を縮める中、視線は再びユウ先輩に向けられる。 「そんなに言うなら流にやるかどうか。聞こうじゃないか?」  岡本先輩が丸めた台本で、あの柔らかそうな唇を差す。確かに、最終的には本人がやりたいかどうかだ。 「・・・・・・うん、もちろん。選ばれたからやらないとね、アディリーナ」  ユウ先輩が深く頷いた。
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