ヤメラレナイヤマイ

1/10
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 栓を抜いた浴槽の排水口に吸い込まれるように、最後のパチンコ玉が消えていくのを俺は呆然と眺めた。  今日の収支はざっとマイナス二万五千円。今日も惨敗だ。未練と疲労を引きずって俺は店を後にした。  暗い夜道を歩きながらズボンのポケットをまさぐる。残っているのはわずかな小銭としわくちゃの千円札が数枚。コンビニに寄って今夜の夕食を吟味する。久しぶりに何でもいいから肉を食いたかった。が、値段を見て躊躇する。さっきまで何万円でもつぎ込んでいたくせに皮肉なものだ。俺は苦笑しながら、いつものように大盛りのカップ焼きそばとおにぎりを手に取った。 『よう、美波(みなみ)。久しぶりに家寄ってもいい?』  コンビニで買ったおにぎりをほお張りながら彼女にメールしてみる。返信を見て俺は舌打ちした。  『どうせ、またパチンコでしょ?で、お金貸してくれって言うんでしょ?こっちも今月厳しいから無理!』  最初は呆れながらも健気に金を貸してくれたが、最近はすっかり愛想が尽きた様子だ。俺はスマホをポケットにねじ込むと、道端の空き缶を蹴り上げた。  俺がパチンコにのめり込むようになったのは半年ほど前だ。軽い暇つぶしのつもりでふらりと入ってみた。これがビギナーズラックというやつで、その日は勝ちに勝ちまくった。派遣仕事の一日分の給料を、たった一、二時間で稼いでしまったのだ。  思えばそれが運の尽きで、終わりの始まりだった。俺は毎日パチンコに通うようになった。職場での作業中も休日も朝も昼も夜も、あの大当たりの快感が頭から離れない。気が付けばガラスの向こう側で軽やかに踊るパチンコ玉を凝視している。立派なギャンブル中毒の出来上がりだ。  それからはあっという間だった。今や貯金は底を尽き、借金は増えるばかり。しかも大手の消費者金融からはめでたくブラックリストに載せられて、どこを回っても貸し手は無い。必然的にそういった連中が最後に泣きつく場所に俺も行きつく。いわゆる闇金業者ってやつだ。  返済期日が迫っているのに金は無い。派遣の給料だけじゃ利子も払えない。というわけで、一発逆転を夢見て、今日も前借りした給料を軍資金にパチンコ店へ勇んだわけである。そして見事に惨敗。まさに絵にかいたような奈落への無限ループである。  決して運がないわけではない。収支がある程度プラスになった時点でゲームを降りれば、連日負け続けることは無い、はずだ。だが勝てない。なぜならこの「途中でゲームを降りる」という行動が、俺にとっては絶望的に困難なミッションだからだ。  大当たりを告げる下品で派手な電子音。足元に積まれたカートは銀色の玉で埋められている。あとは席を離れてこのカートを景品交換所に持ち込めばいい。そして交換した品を抱えて換金所に向かう。ただそれだけのことだ。なんて簡単なミッションだ、と俺も思う。しかし、席を立とうとする瞬間、いつもあのが現れて耳元で囁くのだ。    『あと少し、もう少しだけ打っていったら?そしたらきっと、もっと気持ちよくなれるよ。』  大当たりの瞬間、吐き出される大量の出玉と同時に、俺の脳内には大量の快楽物質が放出される。ドーパミンとかエンドルフィンってやつだ。こいつらが出たらもう終わり。あとはもう少しだけお化けに乗っ取られた肉体が、機械のように持ち球を打ち尽くすのを眺めるだけだ。  人が何かに依存し、中毒になる理由が俺にはよくわかる。ただ単純に、それが気持ちいいのだ。  金策に頭をひねりながら歩いていると、前方から千鳥足(ちどりあし)の二人組が近づいてくるのが見えた。風貌からみて酔っ払いのサラリーマンらしい。すれ違う寸前、一人の酔っ払いが体勢を崩して俺のほうにしなだれかかって来た。 「ぐえっ!」  みぞおちに衝撃を受けて俺は膝をつく。どうやら膝蹴りがクリーンヒットしたらしい。もう一人のサラリーマンがアスファルトに這って悶絶する俺の髪を鷲掴みにする。それからでかい手で俺の顎を掴むと低い声で凄む。  「丹羽良二だな。ちょっとそこまで(つら)かせや。」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!