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私はトイレの個室にこもって深呼吸をする。ずっとオフィスにいると息が詰まってパニックになるため、こうやって一人になる時間を確保しているのだ。
すると何人かの社員が入ってきて世間話を始めた。盗み聞きをする気は無かったが、真由美先輩がそこにいることに気が付いて、何気なく聞き耳を立てることにした。
「ところでさあ、例のS市の事件だけど、また殺されたらしいよ。」
「えー、S市っていったらこの近くじゃん。ほんと怖いんだけど。これで何人目?」
「もう五人目だって。しかもさあ、ただの強盗や快楽殺人じゃないないの。被害者の体からね」
「そんなことより真由美、大丈夫?あの藤森の尻拭いばっかさせられて大変よね?」
急に私の名前が話題にあがって思わず声が漏れそうになる。私は反射的に口元を両手で塞いだ。
「ああ、あれね。実はね、私、ただ手伝ってるわけじゃないの。手伝うふりしてこっそりあの子のミスになるように細工してるのよ。しかもでっかいミス。そのうち、さすがの上層部も黙っていられなくなるでしょ?早くあの子が退職に追い込まれるように仕向けてるってわけ。」
「さすがー!真由美ってほんと頭いい、っていうか恐―い!」
「さっさと辞めてくれないとこっちの仕事が回らないんだもん。」
「ほんと辞めてほしいよねー。ってか、臭いんだよ、あいつ。」
「わかるー!!」
彼女たちの無邪気な笑い声と足音が遠ざかってしばらくたっても、私はその場から動くことが出来なかった。心臓が目覚まし時計みたいに高鳴って息切れがする。
私は胸の前で両手の指を重ねると、強く強く握りしめた。
大丈夫。あれがあれば私は大丈夫。どんなにつらいことが起きても耐えていける。
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