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後朝
情欲に汚れた寝台の敷布を、男は呆然と見ていた。
(血の跡)
我を忘れて彼女を貪った自分の責めが酷過ぎたのかと思う一方で。
昨夜、一度は過ったものの、まさかと打ち捨てた考えが再び浮上してくる。
彼女は嫁いで数年、子どもは出来ないながらも夫とは強く結ばれた夫婦であるかのように見えていた。
それなのに、昨夜、荒々しい交わりに翻弄されていた姿は、決して行為に慣れているようには見えなかった。何もかもが初めての少女のように、怯え、痛みに震え、やがて男に足を開かれる快楽に戸惑いながら泣き叫んでいた。
その初々しさが欲情に火をつけた。
兄は何年もの間、毎夜こんないたいたけな彼女を抱いていたのかと。身を焦がすほどの嫉妬と、とめどない欲望に理性を打ち砕かれ、快楽の奴隷となって彼女を犯し続けてしまったのだが。
血の跡を前に、(まさか)という思いが頭をもたげる。
――まるで処女そのものですよ。一度も男を受け入れたことなどないような狭さだ。そのくせずいぶん淫らに啼くものですね。
兄は死んだ。それなのに、嫉妬するのをやめられない。
もう、彼女をその腕に奪い返しにくることなどあり得ないのに。
頭ではわかっているのに、それでもなお彼女の心が兄のもので、兄しか見ていないのが堪らなかった。心を閉ざしてしまった彼女のその目が自分に向けられることなど、決してないのだと。
諦めねばと言い聞かせてきたはずなのに、怒りにも似た欲情を叩きつけるのを止めることができなかった。
一切の容赦なく、食らいつくすように抱いた。血を流させているとも知らず。
(……処女だった? まごうことなき)
「兄はあなたに何をしたんだ……?」
呆然として呟いたその時、視線を感じて振り返ると、彼女の翡翠の瞳が見ていた。
強い光を湛えたその目に、夢幻の住人の面影はない。
果たして、彼女は掠れ声ながらもしっかりとした調子で言ったのだ。
「サイード。話があるの」
彼女の目は、死んだ兄ではなく、たしかに自分を見ていた。
* * *
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