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逃亡
翌朝。
なんの反応も期待しないまま声をかけた彼女は、翡翠のようにうつくしい瞳を見開いて微笑み、掠れた声で答えた。
「遅かったわね。来てくれないかと思っていたわ、アッラシード」
「イシス……?」
目が、見えていないのかと疑った。
(俺はアッラシードじゃない)
父も母も同じくする兄弟なので、声や背格好はたしかに近いものがある。太陽王家に多い白金色の髪と、金色がかった瞳も共通している。しかし、それだけで見間違えるだろうか?
考えてから、ぞっとした。
(もしかして、わからないのか? わかっていないとして、何を? どこから? 兄上が死んだところからか?)
愛し合っていた二人だ。その死を受け入れられないというのは十分に考えられる。
受け入れてなかったからこそのこの憔悴ぶりだろう。
それはすぐに確信に変わった。
望んでいた相手がついに現れたと勘違いした彼女の回復は、早かった。
その時ですでに頬に血色が戻っていた。食事もほんの少しだが口にした。
これは大丈夫そうだと踏んで、その日のうちに宿を出た。
追手の気配を感じながら、街道を細い道へと折れて、奥まった村へと向かった。
そこには、月の国の協力者に願った通りの小屋が用意されており、二人での暮らしを始めることができた。
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