暗闇

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暗闇

「イシス」  暗闇に目が慣れ始めていた。  寝返りを打って振り返ると、甘えるように腕の中に飛び込んでくる。抱き留めた瞬間、指先になめらかな肌の感触があり、狼狽した。何も身に着けていない。 「あなたがその身にまとうのは夜の闇だけですか」  剥き出しの肩の白さが暗がりに滲むように映える。  彼女の笑った気配が空気の揺らめきとなって伝わってきた。何か言おうとしたら、しっとりと柔らかな唇に唇をふさがれた。  望んだ男の妻となり、身も心も愛されていたはずの彼女は、それでいていつ見ても「女」になりきらず、少女のような清らかさを湛えていた。それが伝え聞く「覇王の伴侶たる妃」の印象とかけ離れており、どうかすると周りの男を惑わせてきた。  男もまた、このときの彼女の大胆な振舞いに少なからず驚いていた。  女の爛熟には程遠い華奢な身体を抱きしめる背徳感。それでいて愛され慣れているかのように自ら唇を重ねてくる。  角度を変えたときに、彼女の舌が唇をなぞってきて、思わず身体が反応した。  体勢を入れ替えるために身を起こし、彼女を寝台に押し付けるように組み敷く。そのまま、有無も言わさぬ激しさで唇を貪った。  はっ、はぁっ、と空気を求めるように彼女が乱れた息をもらすたび、そのすべてを奪いたくて唇の間から差し込んだ舌で舌を絡めとる。 「んう……」  苦し気な呻きには、背筋がぞくりとした。 (もっと聞きたい。あなたは兄にどんな風に抱かれていたのか。そんな声で欲情を煽っていたのか)  二人が夫婦として連れ立っていた月日を思えば、数えきれないくらいこんな夜を過ごしているはず。  それを、ずっと考えないようにしていた。  昼に顔を合わせる彼女はいつも瑞々しく微笑んでいたし、閨ではどんな声で啼くかなど想像してはいけないと思っていたのだ。  少しだけ唇をはなすと、すがるように腕を伸ばして背にしっかりと巻き付けてくる。 「いや。離れないで」  涼やかな声を聞くたびに、頭の芯が痺れて思考力が失われていく。 「離すわけがない。私たちはずっと一緒だ」  声だけならば、兄によく似ているだろう。話し方を似せれば、彼女はこの儚い嘘を信じ続けてくれるだろうか。  唇で首筋をなぞり、肩口に軽く噛みつきながら、両手で身体の線を確認するように胸をまさぐり脇腹を撫ぜる。何度か抱き上げたときから、肉付きが薄く子どものような身体だと思っていたが、初めて触れた胸は小さすぎるということもなく、腰のくびれも優美な曲線を描いている。 (何度も男に抱かれた身体だ)  遠慮することはないと、己に言い聞かせてやや強い力で胸を鷲掴みにするとイシスは「ああっ」と白い喉を逸らして細い悲鳴を上げた。  決して嫌がってはいない。むしろ快楽の予感に震えて濡れている。  すがりついてくる腕を掴んで手首をまとめて頭上でおさえつける。  彼女を兄がどんなふうに抱いたかなんて知らない。ならばその方法をなぞろうとしても意味はない。  優しく穏やかに抱いたであろう兄と同じように抱いたりなどするものか。 (今あなたを抱いているのはアッラシードではない。俺は……)
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