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『いま、どこにいますか?』
メッセージアプリの履歴をしみじみと確認する。日付は一年前。
懐かしさから私はくすりと小さく笑って、スマートフォンをポケットに仕舞った。
雲ひとつない青空、遠く連なる青々とした山々、心地いい風。深呼吸をしながら大きく体を反らして「ううん」と伸びをする。
思えば、遠くに来たものだ。
もし一年前の私にあなたは仕事を辞めて自転車で日本一周の旅に出るのよ。なんて言ったら信じてくれるだろうか? いや、信じないだろう。安定した生活を捨てて旅に出るなんて正気の沙汰とは思えないと鼻で笑ったはずだ。
「どうかした?」
後ろから尚寛に尋ねられて、私は「ううん。なんでもない」と笑ってから、じゃれるように彼の腕に抱きつく。
もう一つ。一年前の私に、あなたには七つ歳下の恋人ができるよなんて言ったら信じるだろうか。信じるはずがないな。だって、私自身が今でも夢なんじゃないだろうかなんて疑っているんだから。
あの日約束したとおり、ちょうど一年後に彼は私を迎えに来てくれた。そして今度は二人で日本一周の自転車旅。本当はあの日そのまま一緒に行きたかったけど、急に会社を辞めるのは社会人としていかがなものかと、それ以外にも身辺整理のために準備期間が必要だった。
まさか、迎えに来てくれた上に愛の告白までされるとは。少しは淡い期待を抱いていたとはいえ、正直驚いた。そちらは心の準備期間もなく、驚きながらもすぐに了承した。
自転車なんて高校の通学に使って以来の私に、長距離の旅は辛いことも沢山ある。いつも体のどこかしらは痛む。突然の雨に打たれてびしょ濡れになる。その日、どのルートでどこまで進むべきかも自分たちで決めなければいけない。
それでも、毎日何かしらの新しい発見があって、胸がどきどきする。不安よりもその不安定さを楽しめている自分がいる。それに、彼と一緒ならどんな困難でも乗り越えられそうな気がする。なんてね。
年甲斐もなく浮かれて乙女な思考をした自分に恥ずかしくなるけど、それすらおかしくて笑えてしまう。
『私は今、安定はないけれど、とても楽しい旅の途中です』
メッセージアプリに打ち込んでから、どこに送るのさと、透き通る青空を仰ぎながらこっそり笑った。
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