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 一匹の(かわうそ)伊吹山(いぶきやま)の山中で身を(すく)めていた。その正面には巨大な蛇が、行く手を遮るように、身を横たえていた。胴は大人の人間でも抱えきれないくらい太い。全長にいたっては、どれ程あるのか、見当もつかない。その巨大な胴体がうねって、悠然と移動を始めた。それは明らかに近づいて来る様子だった。  獺はそばにあった大木の根元に隠れるように身を伏せた。  樹木の間からヌッと現れた蛇の頭が、空間を漂うように伸びて来る。明らかに何かを探っている。やがてその動きが止まり、真っ赤な眼が一点を見据えた。その視線が向く先は、疑いようもなく獺のいる場所だ。  獺は背後を確かめた。草木の生い茂った奥に、何かが蠢く気配がする。恐らく、蛇の尻尾なのだろう。退路がないと悟った獺は、苦々しげに眼を細めた。  木々の枝がざわめき、蛇の別の頭部が次々に現れる。その数、全部で八つ。  伊吹山の(ぬし)八岐(やまた)大蛇(おろち)だ。
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