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獺に目を転じれば、並々ならぬ様子が一目瞭然。全身を被う毛は純白で、尻尾のみ黄金色をしており、翡翠よりも鮮やかな碧色をした両眼には底知れない深みと輝きを宿している。
何者か?
声は聞こえないが、八岐大蛇の発する誰何の念が、獺の脳髄を打った。
観念した様子で獺は、大木の根元の陰から出て、八岐大蛇の前に姿を晒した。
大蛇の十六ある眼が一斉に獺を見据えた。並の生き物なら、それだけで即死しかねない圧力だが、獺は大蛇の視線を浴びても平然としていた。
「山の主よ。私はただの通りすがりだ。あなたに悪意のある者ではない」
突然人間の言葉を口にしたかと思うと、獺の身体は靄がかかったように輪郭がぼやけていった。大蛇は驚くでもなく、静かに事の成り行きを見守っているようだった。
ぼやけた輪郭が溶けて水のようになり、形を変えて次第に新たな輪郭を描いていった。しばらくして靄が晴れると、そこに現れたのは小さな獺ではなく、齢二十歳ばかりの人間の女性だった。ただし、金髪碧眼の容姿は、明らかにこの国の住人とは異なっていた。
何者か?
「私の名は、小角と申します。修行により少々の神通力を得たものの、訳あって罪科に問われて人間界を追われ、今は獺に身をやつして野に暮らす者でございます。決して主様に悪意ある者ではございません」
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