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なぜこの山に入った?
「長い間、近江に隠れ棲んでおりましたが、近頃なにやら不穏な物が東へ移動する気配があり、その正体を追っているところでございます」
そのような物は、この山にはおらぬ。
「承知しております。その物は人間の道を伝って山の境の道を東に向かっております」
ならば、なぜお前は人間の道を行かずに、この山に分け入ったのか?
「人間の道を真っ直ぐに追えば、気づかれる恐れがあると考え、迂回する為に山へ入った次第でございますれば、決して主様への害意を含むものではございません」
それを信じろと?
「私が申し上げたことに嘘偽りはございません。あれほどの不穏な気配がおそばを通ったのですから、主様もお気づきになられたはずです」
八岐大蛇の枝分かれした首のいくつかが、動揺したかのようにクネクネと動き出した。
お前がそれを追う理由は何故か?
「理由は特にございません。強いて挙げれば、好奇心。嗅いだことのない臭いの元を、この目で確かめてみたいだけでございます」
酔狂者か?
「主様から見れば、そのような者かと」
お前は人間か? それとも物の怪か?
「元は人間ですが、今は人間をやめております。人から見れば、物の怪かもしれませぬ」
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