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奴隷商人の船に押し込まれ、元利麻呂は海を渡った。言葉も通じない外国に売られていく身の上、不安に震えながら膝を抱えていた彼を救ったのは新羅水軍だった。
新羅南部の沿岸に勢威を張り、奴隷売買を取り締まっていた張保皐の配下が、元利麻呂を乗せた奴隷商人の船を拿捕した。彼らの本来の任務は新羅人奴隷の救出だったが、倭人奴隷だからといって見捨てるわけではない。同じように救出し、倭人の場合は日本に送還していた。国同士は断交状態でも、人間同士の関わりは活きていたからだ。
ところが、元利麻呂は日本への送還を拒んだ。帰る場所がない、というのが理由だった。
帰国を拒む子供がいると聞いて興味を持った張保皐が接見すると、名前を問われた元利麻呂は「名はない。ただ男子とのみ呼ばれている」と答えた。
それは事実だった。父親の藤主は愛情ばかりか、名前すら我が子に与えるのを疎ましいと思っていたのだ。
驚くと同時に憐れんだ張保皐は、彼に〈元利〉という名前を与えた。それは幼くして亡くした息子の名前だという。感激した彼は倭人風に〈麻呂〉を付けて元利麻呂と名乗るようになった。
張保皐の配下に加わって新羅に残留した元利麻呂は、わずか数ヶ月の間に新羅語を習得して周囲を驚かせた。
さらに承和元年(834年)、九州北部で新羅人商人が武装民間人に襲撃されて交戦状態となった時、紛争解決の為に張保皐が派遣した使節に、通訳として同行し貢献を果たした。
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