キミにコクりたい僕は清水の舞台でライダー変身をする。

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「峰岸! お前は将来何になりたいんだ!」 「ぼ、僕は、か、か、仮面ライダーになりたいです」 教室が大爆笑にはじけた。中三の時、担任に唐突に振られてこう答えた。その言葉は高二になった今でも僕の真実であり続けている。 小心者で周りの視線が痛いほど気になり、言いたいことが言えない、訊きたいことが訊けない、やりたいことができないという僕の場合、変身願望は同級生たちの比ではない。 変身といえば、仮面ライダーだ。 <仮面ライダーシリーズ>は僕らの父親が子供だった昭和の時代に始まり令和の世まで続いているのだから、日本人の変身願望の根強さのどれほどかを物語っている。 ところでだ…。僕らの時代、すなわち平成や令和の仮面ライダーは変身の際、ベルトのレバーを引いたり、ベルトにカードやコインを挿入したりするのが定番になっている。 いかん、いかん!――僕は激しく抗議したい!アイテムに頼るなんて軟弱だ。変身するなら生身のからだを張らなくては。 1号や2号やV3といった昭和ライダーたちを見てみよ。僕は父親のお宝ビデオを何度も繰り返し見たから知っている。苦み走った顔の主人公が唇をへの字に歪ませ、両腕を大きく回しかっこよく変身ポーズを決める。そして、ライダーベルトのプロペラが高速回転の頂点を迎えた瞬間をとらえ、「とう!」と大空高くジャンプするのだ。 そうだ!このからだを張った跳躍こそ変身の必須ではないか! だからあの時の僕も、自宅二階の朽ちかけた欄干窓から「とう!」と勢いよく飛び降りたのだ。 変身ポーズもライダーベルトもなかった。だが、あれは僕の変身願望メーターが大きく右に振り切れた瞬間のことだったから、どうにも抑えることができなかったのだ。 下の商店街を僕の家の方に肩を並べて歩いてくるプク姫と山本君の前にかっこよく降り立つつもりだった。 仮面ライダーV3のように、白グローブをはめた手で恋敵の山本君を指さし、「おのれ―、姫をどこへさらってゆく⁈ このオレが相手だ!」とかっこよくセリフを吐き捨てるはずだった。姫を奪還した暁には、うちにお招きして情熱的にコクるはずだった。ところが…。 「バカだよね、アンタって。こんなとこから飛び降りたら怪我するにきまってるじゃない」 一週間前に僕が飛び降りた欄干から身体を半分乗り出し、商店街の往来を見下ろしながら姉はいった。 「アンタってさあ、自分じゃあ小心者だって言うくせに、傍で見てるとけっこうメチャやってんの気づいてない?」 「骨折してたらオレの無謀さを認めてもいいけど、片足くじいただけだからメチャじゃない!」 「まったく。懲りないんだから…」 姉は夕日に染まった横顔で呆れて見せた。 「で、その後どうなのよ。あれから姫が二度も見舞いに来てくれんでしょ? 当然、コクったんだよね?」 「い、いや、そ、そ、それは…」 うつむいてどもる僕の頬を姉のため息がかすめる。 「バーカ。せっかくの怪我の功名なのに」 本当に馬鹿だと思う。もしあの時、無事着地に成功していたら、その勢いで学級委員の山本君を押しのけ、姫に告白できていたと思う。だが、派手に転倒し、姫と山本君のみならず、両親がやっている総菜屋の店頭にいたお客さんたちの驚きとあきれ果てた視線を浴びてしまった僕は、途端に怖気づき元の小心者に縮こまってしまった。それが尾を引いて、せっかくお見舞いに来てくれた姫にも無謀な飛び降りまでにも発展した僕の切ない思いを吐露できないまま今日に至っているのである。
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