キミにコクりたい僕は清水の舞台でライダー変身をする。

3/6
前へ
/6ページ
次へ
清水(きよみず)の舞台から飛び降りる」という言葉がある。中学の修学旅行で清水寺(きよみずでら)に行き、欄干から下を覗き込んだとき、その高さに足がすくんだ。「死」を意識した。その時僕は気づいた。仮面ライダーが「とう!」と気合を入れるのも死の恐怖を克服するためだということを。 バスのガイドさんがこんな話をしてくれた。 遠い昔、清水の舞台から飛び降りて生きていれば、その人の願いは叶うといわれてきたそうだ。実際、江戸時代にある娘が身分差恋愛を叶えたくて舞台から飛び降りたという。死ぬことではなく、生きながらえて恋愛を叶えることが目的だったから、藁をもつかむ思いで男物の大きな傘を広げて飛び降りた。奇跡的に助かった。その後、恋愛も成就したというオチまでついている。 僕はその娘こそ江戸時代の仮面ライダーだと思う。時代を遡れば遡るほど、命を張った変身の証を他にもたくさん見つけることができるのではないだろうか。 僕は今、町の向こうに沈みゆく夕日に向かい目を閉じる。ほら、茜色の瞼の裏に娘の雄姿が鮮明に浮かび上がってくるではないか。 振袖をまとった美しい娘は、たたんだ傘を片手に挑みかかるように夕日を睨みつけている。やがて決意を固めた彼女はガッと股を開く。着物の裾が割れる。左手は肘を90度に曲げ腰の脇で握り、右手で宙にゆっくり大きく円を描く。への字に歪んだ唇から「へんーしん!」と唸り声を発すると、舞台の欄干を目がけて猛ダッシュする。裾がはだけ、かんざしが吹き飛び、解けてなびく髪が松明のように茜色に燃え上がり、下駄が宙を舞う。 「とう!」 猛獣の唸り声に本堂が揺れる。舞台上の視線が一斉に娘に集中する。娘は力強く踏み込み、しなやかに背中を反らせ、見事な背面飛びで欄干を越えてゆく。ぱさっと振袖が欄干をかする音がし、白足袋(しろたび)の足が綺麗な弧を描きバーを抜けてゆく。パンッとはじけるような音がして傘が開く。一斉に欄干に駆け寄った京都の庶民たちが見たものは、かくも優雅に誇らしく奈落に落ちてゆく(あかね)色の大輪の花だった。 惚れ惚れとするような変身! ああ、僕はどうしてその時代に生まれなかったのだろう。平成という軽薄な時代に生まれたことが悔やまれる。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加