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2−1 ババロア号
「アジルナ王国は海と荒野の国。国土の多くが荒野に覆われているので、国民のほとんどは王都ガラに住んでいると言われています。海上交易で最近急発展した国で高い造船技術を持ち、数多くの国と友好関係を結び、香辛料や銀器、絹などの高級品を主な交易品としています。王国制度をとっていますが商人の権力が強く、階級制度もあいまいで開放的で自由な気風の国である一方、治安がそれほど良くはないというのが特徴でしょうか」
ナターシャが港街サバールに向かう馬車の中でアジルナ国について一通り説明をしてくれた。
まだ日が昇る前に家出の書き置きをしてラリエット教会から脱走し、ジルヴァたちと待ち合わせた場所で合流。ジルヴァが用意した荷馬車に乗って王都を出発した。
「つまり陽気な国ってことね」
ジルヴァが軽く一言でまとめる。ナターシャとジルヴァがどこで出会ってどう仲良くなったのか不思議だ。てか俺は荷馬車が早すぎて酔って吐きそう。ナターシャの説明が全然頭に入ってこない。
荷馬車の馬が普通の馬じゃなくて魔獣と混血の馬らしく、馬も御者もパワフルで全力疾走するもんだから馬車がめちゃくちゃ揺れる。この激しく揺れる荷馬車でなんでそんな二人は普通に話せるんだ?
乗ってるのは御者を除けば俺とナターシャとジルヴァの三人だけ。クロスは色々手続きしたら早馬で追っかけてくるって言ってたけど、追いつけんのか、これ。
「え、ええ、そうね。ジルヴァ。ジルヴァの言うとおり、交易が盛んなだけにこの国の人々は明るく社交的だとも言われています。様々な民族がいて公用言語も多数。私たちの国は友好国ですから言葉が通じるお店も多いと思います。言葉が通じるという安心感から詐欺にあうことも多いので気をつけてくださいね。私は一応、アジルナ王国の言語は習得していますので、何かありましたら私にご相談を」
ナターシャが胸を張る。
「な、なあ、ジルヴァ、ナターシャ。ちょっと休憩しない?俺、吐きそうなんだけど」
「ダメよ。船に間に合わないわ。二日かけていくところを早馬でぶっとばしてんだから」
おかげでダルトンを一気に通り越し、すげえ早さで南下してるのはわかってる。
この早さと猛々しさじゃ魔獣も襲ってこない。てか襲うに襲えないだろう。
庇護者のクロス抜きだと俺が王都から出れないから急遽港街までの送迎兼庇護者代理を雇った。御者にしては筋骨隆々な体格の男の冒険者ランクはB。獣馬と従魔契約した戦える御者だ。運転が荒いのは仕方ない。けど少しでいいから休憩したい。
「うおらああああああああああっ!!!!!急げぇぇぇ!!!!!!もっと早く!!!」
長く大きく弧を描きしなる鞭で御者が馬の尻を叩くと、魔獣の凶暴さ剥き出しの獣馬が狂ったようにスピードを上げる。
とても止まって休憩しませんか、なんて言える雰囲気じゃねえ……。
アジルナ王国行きの船が出る港街、サバールに着いた頃には俺はぐったりしていた。
エルフの里に行った時よりキツいんだじゃね……?
「ほら、フィル、ナターシャ。あれがうちの船、ババロア号よ。デカいでしょ」
「すごい、ガレオン船ですね!」
「まだ新しいから綺麗なのよ」
ジルヴァとナターシャは何ごともなかったようにはしゃいでいる。お前ら王都育ちのお嬢様のくせになんでそんなにタフなの。
荷馬車から降りてジルヴァに腕を引っ張られうつむいたまま歩く。
サバールの街はダルトンよりはるかに南下しただけあって、王都よりも気候がちょっとだけ暖かい。乗り物酔いしてなけりゃ海の風をもっと心地良く感じられるはずなんだけど。
フラフラと下を向いて歩いていると地面にそのまま吸い込まれそう。
「フィル!ほらっ、顔を上げてっ!」
ジルヴァにうながされて上を見る。
目に飛び込んできたのは木製の大きな帆船。船縁のカーブが大きく反り返り、その先に今にも飛び立ちそうな女神像の彫り物があった。
「うわっ、えっ、でかっ!!船ってこんなでかいのか!?」
長い船体に、四本の帆柱、船首が低くて船尾が高い。船の横腹からは大砲も見える。
遠くから海を航行する船を見たことはあったけど、こんなに間近で見たのは初めてだ。
こ、こんなでかい物が水に浮いて進むのか……?
「これ……本当に風で動くの?」
「むしろ風を受けて早く走る」
ジルヴァに聞いたつもりだったけど、答えたのは後ろに立っていたおじさんだった。やけに肩と腕の筋肉が盛り上がったヒゲ面おじさん。誰だろうって思ってたら。
「あ、船長!フィル、ナターシャ、この船の船長、ジェイク船長よ」
ジルヴァの紹介に答えるようにジェイク船長が腕の筋肉をもりっと見せつける。何それ、船乗りの挨拶のポーズ?
ナターシャが筋肉アピールは無視して礼儀正しく挨拶をしたので、俺もそれにならった。
「大きくなったなジルヴァ嬢ちゃん。お友達はこの二人で全部か?」
「ううん、あと一人騎士が来るわ」
「そうか。時間が来たら出航するから、乗り遅れんなよ」
「わかったわ」
ジェイク船長が大声で船員たちに指示を出しながら歩いて行く。
出発に向けて慌ただしく走り回る人々、潮の匂い。
この船が岸を離れ大海原に行くのか。
なんか、わくわくしてきた。
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