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2−5 遭遇
快晴で順調に航海していたのは最初だけ。二日目の朝からは海が荒れて船はひどく揺れた。船酔いしてめちゃくちゃ気分悪ぃ……。
「フィル、ハンモックで寝ます?」
ナターシャが木樽にしがみついている俺を覗き込む。
「……いい。だってあれ船が揺れると揺れるじゃん……」
「ねえ、これ生きてんの?生きてんなら上行って風にでもあたってくれば?」
ナターシャの横にいたジルヴァが棒でつついてくる。
ジルヴァもナターシャもクロスもゴーフルも平気なのに、なんで俺だけ船酔いするんだよ。
「船酔いは陸に上がんなきゃ治らないわ。明日の朝にはガラに着くらしいからもう少しの辛抱ね。私たちは船内探検行ってくるから。フィルは大人しく寝てなさい。行きましょ、ナターシャ」
いいな、俺も船内探検したかった。こんなことなら船酔い治す魔法覚えておけばよかった。そんな魔法あるかどうか知らないけど。
結局、俺は丸一日船の中でくたばってた。
サバールを出航して二日目の夜。
夜更けにぐらりと大きく船が傾き、俺は寝床から転がり壁にぶちあたって目が覚めた。
「ってえ……!」
痛いのは床を転がって壁に後頭部を打っただけじゃなくて、ジルヴァが俺の上に乗っていたから。ハンモックで寝てたジルヴァが俺の上に落ちてきた。つか、ジルヴァはまだ寝てる。
「すごい揺れだったな。みんな大丈夫か」
ゴーフルがランタンに火を入れて部屋の中を見回しているのが見えた。クロスとゴーフルは体重があるから投げ出されなかったんだろう。
「だ、大丈夫です」
ナターシャがゆらゆら揺れるハンモックから顔だけ出す。俺とジルヴァは反対側の壁まで飛ばされてたみたい。
「ゴーフル!こっち照らして。起きろ、ジルヴァ、重いって」
「ん?ここどこよ?フィル?あんた何してんのよ」
それはこっちのセリフだ。
「船が大きく揺れて寝床から転がり落ちた……ってうわっ」
また船が大きく揺れた。なんだ?やけに船内が慌ただしい。
天井でドタバタ走り回る靴の音が激しくなった。上甲板で船乗りたちの怒号が飛び交っている。天候の悪化か、魔獣との遭遇か。何か尋常じゃないことが起きているのは緊張感で伝わってきた。
「俺が様子を見てくる。ゴーフル、三人を頼む」
「わかった、一か所に集まろう。フィル、ジルヴァこっちへ」
クロスが部屋を出て行った。俺は寝ぼけたジルヴァを引きずってゴーフルのいる柱の下に集まった。
「また揺れたら柱につかまれ」
これが客船ならもっと客が騒いだりするんだろうけど、これは商船だ。しかも武器の。
船乗りは荒々しいし、他に乗り合わせた少数の商人たちも案外おとなしい。個別に雇った護衛のための冒険者たちと一緒に固まっている。
「何があったんでしょう……。魔獣でも出たんでしょうか?」
船内の異様な空気にナターシャが不安な顔をする。一方でジルヴァは
「ああん?魔獣?んなの大砲ぶっ放せばいいじゃない……それよりケーキ食べ放題の時間が……」
寝ぼけてる。
こんな状況でも完全に寝ぼけてる。
その度胸、どこで売ってますかね。俺もたいがいビビらない方だとは思うけどジルヴァほどじゃない。
何か起きた時、心配なのはここが海の上だということ。そして今は夜。魔獣が怖いってより一人海の上に投げ出されたら生きて陸に帰れる気がしない。暗い海で足掻き溺れ死んでいくのかと思うと……。
ガンッ!
「うわっ」
船の揺れで昼間俺がしがみついてた木樽が倒れた。びっくりした。脅かすなよ。木樽が転がらないように俺とゴーフルで立てているとクロスが戻ってきた。
「まずいことになった」
「まずいこと?」
クロスが真剣な顔で言うので、一同がごくりと唾を飲んだ。船に穴でも空いたか?
「アンデッド船が出たらしい」
「アンデッド船……ですか?」
「海賊じゃなくてか?」
「セイレーンとかの間違いじゃないのか」
ナターシャとゴーフルと俺の問いが重なる。ゴーフルとナターシャが『なんでセイレーン?』と言わんばかりに不思議そうな顔で俺を見る。
「いや乗ってるのはどう見ても屍、アンデッドみたいなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、三人がクロスを押し除けドアの向こうに飛び出した。
「どれですかね!?アンデッド船!すごい、すごい!」
いやナターシャのはしゃいだノリ!クロスに会った時と同じじゃねえか。
そういう俺もアンデッド船はちょっと見てみたい。ドクロの眼帯して三角帽被ってサーベル片手に笑ってる骸骨たちの船見てみたい!
船尾の方で船員たちが指差す先をよく見ようと、船端に手をかけ身を乗り出す。瞬間、後ろから肩を掴まれた。
「フィル!」
ゴーフルだ。注意されるのかと思ったら
「あの辺に不審船が見えたらしい。船乗りたちの話ではガラに早く着くために航路を変えたそうだ。クラーケンが出る海域だからクラーケンかと期待したが、まさかアンデッド船が出るとはな!」
声がでかい。目はナターシャと同じ。キラキラしてる。
「アンデッドと戦うのは初めてだ!腕が鳴るな!」
戦闘狂か?俺に同意を求めたらしいけど、俺は小刻みに首を横に振った。なんかこいつとは一緒にされたくない。
「フィル、あの船を魔法で照らせないか?」
「そうだな、光魔法……をあの辺の空に放てばいいかな」
カボチャほどの大きさの光の玉を作り、暗い空へと飛ばす。
「こんなんでいいかな」
光魔法はそんなに得意じゃないし、すぐに作ったものだから照らされる時間も範囲もそれほど広くはない。アルミラの方が心が清浄だからか、もっと強烈な光を照らせるんだけど。
そんな俺の光魔法の下、暗い海にうっすらと見える船影。
朽ち果てた船体は傾き。
ゆらゆらとボロボロの帆が風になびく。
その弱まってゆく光魔法の下で、はっきり見た。
ボロ着をまとった、屍たちがうごめく船の甲板を。
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