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2−8 溺れる者は
「何だ今のは!?」
「海が!!海が青く燃えていたぞ!!」
本船で船乗りたちのざわつく声が遠く聞こえてくる。ホントに声でけえな。
魔光弾の光の下、本船が旋回して引き返しているのが見えた。俺らの舟を回収してくれるみたいだ。良かった。俺としてはアンデッドよりこの広い海で取り残される方が怖い。
座って待ってようと思って振り向いたら、グラッセとロンが二人して口を開けたまま呆然と海を見ていた。
「い、今のは……お前がやったのか?」
「お前、いったい何者だ……?」
しどろもどろに俺に聞く。今使った魔法は『神の息吹』と同じくらいの高等魔法。しかも俺オリジナル。強いていうなら天候を操る高位僧侶の魔法に近いけど。
「だから言ったろ。俺はラリエット教会の僧侶だって。その、なんていうか……精霊の加護が強いんだ。他の僧侶より」
たぶんラリエット教会の高位僧侶でも五人くらいで使うような魔法なんだけどな。ここで変に自慢して目立っても仕方ない。英雄になるよりガラでお祭りを楽しみたいんだ、俺は。だからラリエット教会の僧侶ならこれくらいは当然とばかりに平然と言った。
「す、すごいな、ラリエット教会の僧侶は……格が違う」
グラッセがなかば呆れ気味に言う。
「それより本船がこっち向いてる。アンデッド船がいなくなったから迎えに来てくれ……た……」
言いかけて本船の方を見ると、様子がおかしい。本船が航行をぴたりと止めた。
ん?なんだ?風がないわけじゃないのに。敢えて帆の向きを変えて船を止めている。迎えに来てくれるんじゃないのか?
本船の上甲板で船乗りたちが必死に何か叫んでいた。
さっきまでの勝利の雄叫びから、何かを訴える叫びに変わっている。
その時。
耳飾りが鳴らしている警鐘に俺はようやく気づいた。
次の瞬間、海面が大きく盛り上がった。ざわりと大きな魔力の気配を感じて、背筋に寒気が走る。
「うわっ!!!!」
「なんだ!?!?」
本船の船乗りたちが叫ぶ。指差す方を見る。
遠く巨大な赤い光が二つ。
魔光弾じゃない。生き物の目だ!!
うねる波間から巨大なイカの足が水面下から突き出した。
その足が海面を叩き下ろすと激しい水しぶきが舟にかぶる。
「そこはクラーケンの縄張りだ!!!!早くその海域から出ろ!!!!!」
本船のジェイク船長のひときわ大きな声が届く。
そういうことか!!つか、クラーケンめちゃくちゃでけえ!!でかい上に魔力も強い。さすがにさっきの大きな魔法を使った後でこいつを倒すのはしんどい。
「風よ」
精霊よ、何度も何度もわりいけど、力を貸してくれ!!
もう詠唱ってより懇願。
船は揺れるし焦りまくって舌噛むし、それでも魔法は発動し、風が船をクラーケンから遠ざける。
あと少し!!
俺は船から身を乗り出し海面に触れた。
あと水の精霊も、あいつに絡みついて動きを止めてくれ!!
海の水が粘土を増し、重くなる。海面を風魔法で押して逃げ切ってあとは結界魔法で……
「フィル!!危ない!!」
グラッセの大声が耳に響く。その時には遅かった。
ぐらりと揺れた舟から、身体が舟の外にはじき出されていた。
「うわっ……!!!」
「フィル!!!!」
グラッセとロンが手を伸ばす。振り向きざま俺もその手を取ろうと必死に伸ばしたけれど。
指先が触れるか触れないかのところで届かなかった。
グラッセとロンの驚く顔が、伸ばされた手が、遠のいていく。
ザパンッ……!!
暗い海に身が飲み込まれると光も音も消えた。
そこで意識が途切れた。
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