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ヨボヨボの年寄り従者に案内されて部屋に入ると、俺たちはまず天井に目を奪われた。
「これは……すごいですね」
ナターシャがため息混じりにつぶやく。
天井にたくさんの小さなランプが魔法で浮いていた。昨夜、街で見かけたランプより細工と装飾がきれいだ。
「ただの魔法道具だよ」
エルフの里に行った俺からしたら、魔法道具自体はそんなに珍しいとは思わない。ただ王宮なだけあって、ランプだけじゃなく部屋の調度品、本棚や花瓶、燭台、一つ一つが美術品みたいに綺麗だ。
一際目を引くこの部屋の隅に置かれたデカい壺なんか、何に使うのかさっぱりわからないけど表面に描かれたドラゴンは迫力がある。
「ランプより、こっちの壺の方が俺は不思議だよ。なんのために置いてるんだろう」
「壺ではなく香炉ですね。お香を焚く道具です。こんなに大きな物を見るのは初めてですけど」
香炉は知ってるけど、こんなデカい香炉があるとは思わなかった。
ナターシャが香炉をまじまじと観察する。
香炉からはうっすら煙が出ていて、いい匂いがした。
「エキゾチックな香りで異国に来たって感じがしますね。私たちの国の王城とは全然違いますし、珍しいものばかりでワクワクします」
俺もナターシャの隣りに行き、香炉を触った。
「香炉もお香も普通の物なんだな」
「普通の物?結構、高価な物ですよ?」
「魔力を感じないって意味。宮殿のいたるところに変な魔法結界が張られているだろ。俺らの国の王城は外部、特に空からの魔獣の襲来を防ぐための魔法だけど、この宮殿の魔法結界は宮殿内部での魔法を使いやすくする結界魔法みたいだ。俺らの国とは逆だな」
特にあの宮廷魔道士が魔法を使いやすくするための結界魔法って言ってもいい。宮殿自体がまるであの宮廷魔道士の手の内みたいだ。
「……」
「壁に刻まれた文字も魔法文字だし、絨毯の下には魔法陣が描かれてるし、所々に飾られた置物もタペストリーもみんな魔法道具だった」
「ずいぶんと詳しいんですね」
「そりゃ前に王城で結界守る仕事をしてたか……」
言いかけてナターシャの視線に気づいた。訝る目つき。しまった、つい調子に乗りすぎた。
「お、王城の魔法結界を守る仕事をしてた人に聞いたんだ。教会には色んな人が来るから」
「なんか……怪しいですね。人に聞いたというより自分が見てきたような口ぶりです」
ナターシャの疑惑の視線が痛い。てか、俺を怪しむよりここの宮廷魔道士を怪しんでくれ。
「怪しいといえば、ここの宮廷魔道士こそ怪しいだろ。門で会った時、いきなり魔法使われたよ。だからずっと警戒して変な罠とかないかよく観察してたんだ」
「魔法?」
「うん。すぐに相殺しちゃったから何の魔法かはわからなかったけど」
うーん、とナターシャが首を捻る。
「カルソネスさんのお話しでは、武力に乏しい代わりに魔法で補っているとのことでしたよね。異国の者を王宮内に入れる時は探知系の魔法で身元を確認しようとしたのかもしれません」
「それなら直接聞けばいい話だろ」
「いえ、本来ならあの初対面の時、ゴーフルさんが私たちを紹介するべきでした」
確かに。ゴーフルが異国の挨拶に戸惑って俺らの紹介忘れたから従者だと勘違いされたんだな。
「だからゴーフルの従者だと思われたのか」
「ええ。それでその従者の素性を探ろうとしたのかも」
「従者の素性を?なんで?」
「逆に聞くわ。王城に異国の者が突然訪ねてきて追い返すわけにもいかない場合、フィルが宮廷魔道士だったらどうします?」
「俺なら……怪しい奴はまず魔力を隠してないか探るかな。王城内の結界いじられるの嫌だし。って、あっ。そうか魔法で王宮を護る宮廷魔道士にとって怖いのは闇落ち魔道士か」
「フィルは宮廷魔道士になる素質があるかもしれませんね」
ナターシャが微笑む。
ちなみに俺らの国の王城に今は宮廷魔道士は不在だ。前にいた宮廷魔道士が闇落ちして、その代わりに俺がウロボロス退治に行くことになって以来。
「いや……俺の希望は冒険者の普通の魔道士だけどな……」
まあ確かに今回、俺とナターシャは海賊の手下みたいな格好だから、いくら聖騎士の連れとはいえ怪しむ気持ちもわからなくもない。
俺の勘違いだったか。そもそも宮廷魔道士にいいイメージ持ってないからな……。
それからナターシャは飾り棚やら絵やらを鑑定士のごとく部屋の中の調度品を吟味し始めた。俺は長いソファに座る。そこへさっきの年寄り従者がティーセット一式を持って部屋に入ってきた。
プルプル震える手で銀色のティーポットからカップにお茶を注ぐ。色は紅茶より薄くて不思議な匂い。スパイス的な。
残念ながら茶菓子はない。
一口飲む。正直、あんまり美味しくない。俺たちの国で飲むお茶とは違い、クセがある。喉が乾いてなかった飲めないな、これ。
ふと横を見ると従者がお茶の感想を期待するような目で俺を見ていた。
「ありがと。美味いよ」
俺は僧侶だけど平気で嘘をつける。むしろこういう時に本当のこと言ったらじいちゃんに怒られそう。
従者はしわくちゃな目を一層細めて笑うと一礼し部屋を出て行った。
ナターシャを見ると壁に張り付いていた。そこに調度品はない。何やってんだ?
「ナター……」
「しっ!」
ナターシャがキッと俺を睨み、口に人指し指を当てる。盗み聞きをしてるみたいだ。そんなことしなくても後でゴーフルから聞けばいいのに。
こういう変に好奇心が強いとこでジルヴァと気があったのかな。
「なんか聞こえるのか?」
俺もナターシャに並んで壁に耳をつけてみる。流石に宮殿の壁は分厚くてなんも聞こえない。でも盗聴の魔法使えば少しは聴けそうだな。目をつむり、声になるかならないかくらいの呪文を唱える。前にロアに見破られた盗聴魔法をさらに精度を上げて……
その時。
バン!!!!
「待たせたな!!」
ゴーフルが俺らのいる部屋の扉を豪快に開け入ってきた。
……ふざけんなっ!!
心臓が口から飛び出るかと思っただろ!!
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