ペットを【山田太郎】に変身させてみた

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 細谷 優人(ほそや ゆうと)はストレスで頭がおかしくなりそうだった。  優しい人と書いて優人。細谷という名字という字面もあって、柔和で優しい人物だと初対面の人はバイアスがかかるだろう。  だが、名は体をあらわさない――この男は、パワハラ・モラハラ・セクハラ・DV大好きの四重苦(よんじゅうく)を患う人間のクズである。  SMのS(サド)というわけではない、人が嫌がる顔を見るのが三度の飯より大好きで、傷ついて病んでいく様をみていくのが生きがいで、特に女性社員をスポーツ感覚で休職させるのが趣味という男女共同参画社会の敵である。  しかも質が悪いことに、仕事ができる上に自分の見せ方がうまく、口も達者だから被害者を加害者として仕立てることも得意というガチエリートのクズだ。この男のターゲットになったら最後、廃人コースまったなしである。  競争社会において、心の殺人鬼が紛れ込んでいる恐ろしさ。  この男は【山田太郎】が発売されていなかったら、罪もない人々を自分の快楽のために陥れて、無数の屍の上に巨万の富を築いていただろう。  そう【山田太郎】が、発売されなければ。 「細谷君。君はちょっと、コンプライアンス研修に顔を出さないといけないね」  日本人らしく、遠回しで奥ゆかしい【厳重処分】通知である。  巧妙かつ曖昧化されていた細谷の悪行が、【山田太郎】の判定AIによって数値化されて、社員たちが装着している【山田太郎】のデータ集計により、細谷という人間がサイコパスの危険人物だとあぶりだされた。  ただでさえ【山田太郎】で、パワハラのやりづらさを覚えていた細谷(※普通の人はパワハラをしません)。ここにきて、しゃべるサンドバックが無限に手に入る役員職のイスから遠のくどころか、研修という名の死刑宣告。仕事ができるので会社を辞めさせずに飼い殺しという――被害者ガン無視のゆるゆる穏便処分である。  だが、出世コースをモンスターマシーンで爆走していたこの男にとっては、七つの傷を持つ巨漢マッチョに遭遇したレベルの衝撃だった。 「私たちは君の能力を買っているんだよ。最悪、君だけの部署を作ってソロでがんばってもらうからね」  そう言って【山田太郎】に変身している上司は、細谷の【山田太郎】の肩に手をやった。  上司の言っている意味が分かった細谷は絶望する。  その絶望が【山田太郎】によって数値化されるも、ペナルティレベルまでため込んだヘイトを打ち消すどころか、さらにマイナスへと加算されてしまい意味はない。  別にソロで仕事をする分には、細谷のムダに高い能力が損なうことはないが、モチベーションである【誰かに対する嫌がらせ】――つまり、イジメが出来ないのだ。取引先やライバル企業に嫌がらせなんて出来ない。イジメなんて身内で済ませるのが、細谷の信条である――と。これは、なかなかのクズっぷりだ。この男は結婚するべきではないだろう。         
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