ペットを【山田太郎】に変身させてみた

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「おぉっ。やったああああぁ」  細谷は歓喜した。  目の前にいる【山田太郎】は、まごうことなき愛犬が変身した姿。  変身ブレスレットをサルテの脚に巻いて変身ボタンを押してみたら、たちまち【山田太郎】が姿を現した。スーツ姿なのはご愛嬌だ。 「さーるーてー」 「うぅ……」  細谷はるんるんだった。何が起こったか分からないサルテの感情が反映されて、【山田太郎】の強面が恐怖で歪んでいる。それだけで、細谷のストレスが一気に消し飛んで、このまま空まで飛んでいきそうなレベルで、体中からモラハラパワーが沸き上がる。 「この――」  以下、動物相手の胸糞光景。変身した対象者が犬だった場合、オート護身術も判定AIも通報機能も作動しないため、細谷はため込んだ鬱憤を【山田太郎】に変身した愛犬にぶちまけた。  動物飼育可のマンションに住んでいた細谷の部屋は、防音機能に秀でているから、だれも細谷がやっていることにもサルテの悲鳴に気付かない。  細谷の気が済んで、サルテの脚に巻かれているブレスレットの変身解除ボタンが押されるまで、この地獄は続く。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――数ヶ月後。  ストレス発散をみつけた細谷は上機嫌だ。  夜は熟睡、研修の成績も良好で、出世競争に返り咲く勢いだ。  ストレス発散でサルテに元気がない様子だが、【山田太郎】の鋼の肉体が飼い主の暴虐から守ってくれるのだ。体は(心は?)健康そのもので、毎日ひどいことをされているのに、健気に飼い主を慕っている。 「細谷君。どうやら私たちの間には誤解があったみたいね。これからもよろしくね」  奥ゆかしく回りくどい、経過観察付き無罪放免。  細谷は満面の笑顔で「精進します」と神妙に頭を下げて、社会人としての手本を周囲に見せつけている。  誰もこの男の黒い本性に気付かない。  犬一匹を犠牲にして、社会の平和は成り立つだろうか?    
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