ペットを【山田太郎】に変身させてみた

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……という経緯もあったことで、飼い主による虐待防止の観点から、動物を飼う際は、事前に変身セミナーを受講することになります。では、まず映像をご覧ください」  ペットショップの一室で、ある映像が流されていた。 【ワンワンワン】 「じつはこの犬は人間です。ペットが常日頃どんな視線で生活して、どんなストレスを抱えているのか体験してもらう真っ最中なんです」  説明するスタッフは、飼い主になろうとしている人々にこの映像を流して、彼らの反応を伺う。反応は人それぞれ、多種多様。【山田太郎】に変身できるからこそ、犬に変身できる現実をすんなりと受け入れている。 【ワンワンワン】  なにかを訴えている雌の柴犬。その犬の正体が、じつは日本で初めて【山田太郎】で動物を虐待した、最低最悪の犯罪者だと知っている人間は一握りだ。 【山田太郎】システムの盲点を暴き、動物を虐待した異常性は社会を震撼させて、【山田太郎】を制作した会社は大きな転換を図ることになった。  もう、罪のない動物が、悪意と【山田太郎】によって傷つけられることはない。 【ワンワンワン】 「これは多頭飼(たとうが)いの場合の映像です。先住の犬たちが上下関係を叩きこむために、新入りに荒々しい洗礼を加える場合があるのです」  映像で訴えている犬が、様々な犬に囲まれてもみくちゃにされている。一見すると微笑ましい光景だが、人間自身が体験していることを考えると、かなりハードで寒々しい。 「続けて……。飼い主にはペットの平和を守るために、防犯グッズ【ポチ】の購入と着用を義務付けています。えぇ、性能は【山田太郎】と同等ですので安心してください」 ――映像はそこで【ポチ】の説明に切り替わり、人間が変身している筈の犬がどうなったのかわからない。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【ワンワンワン】  犬になった細谷は泣き続ける。 「助けて助けて」と泣き続けるけど、だれも彼を助けようとしない。 【ワンワンワン!】 ――くそっ! こんなことになるなんて。  細谷の罪状は結局、犬一匹を虐待しただけに過ぎない。  保釈金を払ってあっさりと警察から解放されたが、わざわざ【山田太郎】 を使って犬を虐待していた異常性をマスコミが見逃すはずもなく、細谷 優人 の顔と名前は全国に晒されて、会社からは退職を勧告された上に、家族からも縁を切られた。  一気に生活に困窮した細谷。彼を拾ったのはなんと【山田太郎】を制作した会社だ。その会社は細谷に提示した、再就職の誘い――しかも三食食事付きで生活も保障されていると聞けば、あやしいと思いつつも釣られてしまった。 【ワンワンワン!】 ――ちくしょう! オレのような善良な人間が、なんでこんな目に遭わんといかんのだ!  雌の柴犬、名前はリリアン。これが今の細谷の身分である。  彼は今、人としての尊厳を剥奪されて、犬の変身グッズのボディテストを被験している。たまに、司法のお偉いさんが視察に来ていることから、数年後には新しい形の刑罰が日本に定着するのだろう。 【ワンワンワン】 【ワンワン、あおーん!】  そんな細谷の変わり果てた姿に、一匹の犬が激しく交尾を強請(ねだ)って、細谷は悲鳴を上げた。その犬は保護されていたサルテだった。 【ワンワンワン!】 ――うわ! サルテ! オレだ! 分からんのか、このバカ犬!  細谷は慌てる。なぜなら、サルテは未去勢だからだ。理由は発情時にケージに閉じ込めて、みっともなく鳴き喚く愛犬の姿を眺めるのが好きだから。  ……この男は本当に(以下略) 【では本日は。多頭飼育の場合、ペットを未去勢のままにすると、どのようなストレスを抱え、放置すればどうなるのかという実験を行います】  アナウンスが響くと同時に、サルテは嬉々として目の前のかわいい雌犬を、かつて飼い主が自分にしたように押し倒して噛みついた。  ペットは飼い主に似る。  つまり、自業自得である。 【了】796ba1e1-950c-4bba-9177-6d57d9a68922
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