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「さあ。あたしは男手一つで育てられたから。それに平氏の田舎者だからさ。まあ、リュカの母上のようには振る舞えないよ」
「そっか」
リュカは納得したのか、肩をすくめた。
「その翡翠の瞳に杏色の髪。サリアードでは珍しいから、もっと着飾れば人目を惹きそうなのにな。もったいない」
こちらがどきりとするような内容を、少年らしい無邪気さでさらりと言ってのけると、
「そういえば父上の見立てでは、今夏は長雨らしいぞ。サンの花が、早くも散ってしまいそうだよな――」
窓の向こうで揺れる花木の枝を、一心不乱に眺めている。
その澄んだ瞳の奥に複雑な光が宿っているのを見て、アルダはなぜか心臓をわしづかみにされた気がした。
「リュカ、その」
「……なに?」
――なにか悩みがあるなら、あたしに打ち明けてもいいんだぞ。
言いかけようとして、物憂げな少年のまなざしに気圧される。
「……いや、なんでもない」
(きっとこの子にとって、本館は相当息苦しいんだろうな。だったらまあ、いいのか。ここに入り浸っていても)
はじめは単に医療士見習いが物珍しかったのだろう。だがいつしかリュカは気安く世間話をしたり、自由に本を読んだり、昼寝したりするために離れを訪れるようになった。
アルダとて気苦労の多い医療院で一日すごしたあと、独りぼっちの部屋に気の許せる者がいてくれるのはありがたい。知らぬ都で弟ができたようで、嬉しくもある。
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