(三)

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     (三)  一時間目前の“朝の会”―――いわゆる朝のショートホームルームでのことだった。  梅雨真っただ中の教室は、いくらエアコンの除湿装置を働かせていても、湿気た空気を払えてはおらず―――。  いつも通り、笑顔で前方のドアから入室してきた先生……だったが、なぜかショルダーバックをさげ、足もとはパンプスで―――。  普段であればバックなど持たず、その手には出席簿があり、靴も上履き……なのだが。  遅刻でもしたのかしら? とも思ったが、あせってきたようなようすはなく、メイクもしっかりしているようだ。だが、それでも隠せないでいた目元のくすみは睡眠不足を想像させ、いつもの張りのある表情は、今日に限って、ひどく疲れているような感じを抱かせた。  お嬢さま、といった雰囲気を持つ彼女は、女子大を卒業してすぐに、六年生のこのクラスを担任として受け持った。  中学、高校などでは、新米教師はまず副担任から、というケースが多いらしいが、当時の小学校でそんなシステムは珍しかったと思う。実際うちの小学校でも、そんな制度はなかった。なので、サポートの意味でなのだろう、教室の後ろにちょくちょく教頭がやってきては、その授業内容を監視するように立っていた。  教頭はオバサン先生で態度がきつく、わたしたちはあまり好感を持ってはいなかった。だから同じ教室内にいられるのは当然嬉しくなかったのだが、でも、それも担任の先生が慣れるまでで、おそらく一学期が終われば姿を消すだろうと、我慢していた。ただ、そのオバサン先生がつくのは授業からなので、“朝の会”の教室内は、毎日、のんびりとした空気に包まれている。  「……おはようございます」  教壇に立った先生の毎朝変わりのない挨拶に、違和感を持った。妙に高く出たその声は、感情を見失ったような響きで―――。  そしてその笑みも貼りつけたそれのようで、並ぶわたしたちにいつも向けられる視線は、宙に据えられ、どこを目的としているのか明らかに不明だった。  完全にいつもと違う。―――そう確信したのは、 「みんな、ごめんなさい」  やはり、心ここにあらずといった態の無感情で継がれた、不審な台詞でだった。  なに……?  微かなざわめきが続いていた室内は、水を打った。
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