(三)

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 エアコンの作動音だけが聞こえる教室内で、彼女はおもむろに、バックから束になっていたロープをとりだした。―――固められた笑顔はそのままで。  薄茶色のそれは、現在やっている算数の平面図形の勉強にでも使うのか? との考えを、しかし一瞬後打ち消したのは、今のこのときに準備するはずもない、と思いいたったからで―――。  突如彼女は、教卓の椅子にのぼった。座面が回転しなかったのは、椅子の背がぴたりと後ろの黒板につけられていたからだろう。  わたしたちに背を向けている彼女は、すると、天井に設えた巻きあげられているスクリーンに、とりだしたロープを結び始めた。 「なにやんの?」「どうしたの?」「なんかの遊び?」などの声が、ところどころで再び噴出し始めた中、  えっ……。  垂れさがったロープの先がわっか状になっているのを、わたしの目は、彼女のショートカットの脇に捉えた。  つま先立ちで結び終えた彼女は、向う向きのままの状態で、躊躇する気配も見せず、わっかを首にかけた。  教室が再度静まり返ったのは、全員が彼女の異常な行為に気づいたからにほかならず―――。 「みんな、ごめんなさい。こんなので、すいませんでした」  相変わらず表情のなかった意味不明な言葉が、背中越しからでもしっかりと届いたのは、静寂に包まれた教室内だったからだろう。  刹那、彼女の足は椅子を横に蹴った。  グレーの回転椅子は、大きな音を立て教壇から落ち、 「グウォエェェェ~!」  生まれてこのかた耳にした経験のない音が、空気を揺るがした。  もがくようにばたつかせる彼女の腕や足は、 「ガァゲェェェェ~!」  骨が折れるのではないかと思うほどバンバン黒板にあたり、 「オォウェェェェェ~!」  大きな衝撃音をまき散らした。  呼吸をすることすら忘れていたわたしは、―――おそらくクラスの誰もがだろう―――どれほどそんな地獄絵図が続いたか推し量る術も持たず―――。  しかし、いつしか収まっていた激動は痙攣という形に姿を変えていて、それも鎮まると、彼女の細身の腰から、 “ブーッ……ブブブブブーッ”  お嬢さまからは考えられない、いや、公の場で若い女性から出るとは想像のできない音が、洩れた。  次いで、膝丈のタイトスカートは、でん部にみるみる染みを広げ、爽やかな水色を失わせた。  静寂は、阿鼻叫喚と変わった。
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