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教室を飛び出していく者、自分の席で立ちつくす者、頭を抱え込む者―――それらが両の視界の隅に入り、そして前席の子は躰を折ったかと思ったら、くぐもった音を洩らし机を汚した。
後方からも「オエ~ッ」「ゲェ~ッ」「ウグゥ~ッ」―――不快音が連続し、室内はたちまち悪臭で充満された。そこには担任の排泄臭も大いに含まれていただろう。
だがそんな状況に、わたしの五感はなんの拒否反応も見せてはいなかった。
それは、ただただ彼女だけにそそがれていた意識のせいで―――。
わたしの席は中央の列の、前から三番目。ゆえに、彼女を真正面にしており、その生活を終了させた四体を映す目は、ショックと同時に、不思議と、非常な興奮を脳内に送り届けていた。
人の死の瞬間を―――それも強制的な―――を見たことによる痺れ。
一生に一度も体験できない―――それを味わえた高揚感。
だから、みるみる熱を帯びてきていた躰につけるジーンズの下を盛大に濡らしていたのは、恐怖の類からではなかった。
しかし反面、無念の気持ちもすぐにわいた。
顔が見たかった―――。
苦しんでいる顔を。先には絶望しかなく、助けなどほぼ望めない顔を。
決意した死を実行に移し、それが成就するまでのわずかな間に、彼女はどのような形相を浮かべていたのか―――。
でも……。
すでにまわりの喧騒など耳に入らなくなっていたわたしは、そっと囁いた。
「死んでしまっても、やっぱり見てみたい」
可愛らしさを残す、あのいつもの明るい笑顔は今、どう変わっているのか?
死後のそれとはいえ、網膜に焼きつけることができれば、さらなる興奮を味わえるのでは?
せっかくのチャンス……後ろ姿だけで終わらせたくはない。
わたしは立ちあがった。
両腿の間の生温かな感覚を味わいながら出す両足に、震えなどはなかった。
彼女に近寄ろうとする者は、わたし以外にない。
一つ前の席をすぎたとき、ふいに、以前読んだ恐怖漫画の一コマ一コマが脳裡に映写された。―――それは首吊り死体の描写。
乱れた髪の下、上を向いた眼球。飛び出る寸前のように眼窩から大きく張りだしたそれは、白目を真っ赤に染め……。
鼻孔からは粘液にまみれた血液が、だらしなく開かれた唇を経由し、あご、首筋へと、よだれをともない滴る。
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