(三)

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     *  未だ居座り続ける雷鳴を意識の外に追いやっていられたのは、駅に向かわせる早足の中で再びわき起こっていた、あのころの回想のせいだった。  結局、求める顔を改める直前、騒ぎを聞きつけ飛び込んできた他の教師に、わたしは背後から抱きかかえられ、その視界をあと一歩のところで外させられたのだった。  だから、あのチャンスをはぎとった教師を憎む気持ちは、今でも持ち続けている。  でもまあ、それはともかくとして―――、  彼女が自殺に踏み切った理由。―――それはまず間違いなく、あの教頭のせいだろう。  あの年の新任教師は彼女だけだった。  新人の受け持つ学年が決まっているのか知りはしないが、一年生や二年生よりも、高学年であればまだ扱いやすいという理由からの、わたしたちの担任だったのではないか。  当然、授業はたどたどしい部分が多かったが、一生懸命さは充分伝わっていた。だからみなに好かれていたのだと思う。それにはまた、教師というよりも「お姉さん」といった親しみやすさの介在も、作用していたかもしれない。  わたしについていえば、進学塾へ通っていた月日が長かったので、六年生の授業内容などはすでに把握していた。なので、彼女のおぼつかない教え方でも一向に苦はなかった。そして、そんな中学受験をする子は、結構いたと思う。  しかし、お目付け役の教頭には、いいように映らなかったのではないか―――。  彼女の授業内容に関し、意見をしている風景はよく見られた。それは職員室ではもちろん、生徒たちが普通に通る廊下などでも、これ見よがしに平気で行われていたから。  その口調は意見にしては強く、“叱責”と呼んでも間違えではないほどだった。  そして彼女が死に臨んだ前日にも、わたしを含めた大勢が叱責現場を目撃していた。―――それは校庭からもまる見えな渡り廊下で。  そこでの咎めがいつも以上の激しさに思えたのは、前日行われた学内統一テストの結果が原因だったのではないだろうか。
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