(思索③)

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(思索③)

     (思索③)  どうして望は、あんなことをするにいたったのか……。  反復をやめないその問いを頭蓋内に聞きながらの目は、窓へと放られていて―――。  糸雨を映すそこに、わずかなヒントでも求められないかという都合のいい期待は、しかし、そのガラスにあたる雨粒ごとく、容赦なく弾かれ続けている。  わからない……。まったくわからない……。  無音のつぶやきで、椅子の背に疲労をあずけた。  いつもの店の二階フロア―にある客の姿は、私以外に一つだけ。  時折遠くで雷鳴を聞く荒れた天候でも、土曜日の午後三時すぎのカフェの景色としては、あまりに寂しいのではないか。  そんな感想を浮かべたのを機に、彼女に対する思考を一時中断した私の視線は、つれづれと、もうひとりの客へと流れた。  私のすぐあとにやってきた二〇代後半といった感じの若い彼は、フロア―の対角上の席に、こちらに背を向け座っていた。  そのカジュアルな装いは、この街にフィットするように若々しく洒落てはいたが、しっくりとなじんでいるふうにはどうしても見えず、着させられている感を拭えない。また、居眠りでもしているか、じっとうつむいたままの姿勢も、どことなく極度の倦怠感を思わせ、その衣装の洒落っ気を損なわせる一端を担っている気がした。  と、そこに、 “ピロロロ~ン……ピロロロ~ン……”  電子音が鳴った。 “ピロロロ~ン……ピロロロ~ン……”  聞こえてくる方向からして、彼の携帯のものに間違いなさそうだった。 “ピロロロ~ン……ピロロロ~ン……”  しかし、じっと固まったままの彼は反応せず。 “ピロロロ~ン……ピロロロ~ン……”  まさか死んでたりして……と、不謹慎な考えを浮かべたところで、やっとワイシャツの背中は弾かれたようにあがり、そして、卓上に載せられていたらしい携帯は、すかさず耳にあてられた。  そこであわてて視線を外したのは、あたりをはばかるように彼の顔が動いたからで。  相当疲れてるみたいね、あんな音でも起きないなんて。―――どんな生活送ってるんだろう……。  ほぼ聞きとることのできない声音を耳にしながら生じた思いを、 「そんなことに想いをめぐらしている場合ではない」  という脳内からの叱咤で、すぐに抹消した。  たしかに、想像すべきことはほかにある。  今一度、今までの彼女のようすを思い返してみようと、気持ちを切り替えるべく、半分ほど氷の溶けたアイスティーを含んだ。 “グフッ、グフッ……”  相変わらずむせる口をハンカチで押さえ、スカーフを直したときだった。  ちょうど目を戻した窓に見た一閃が、  ―――まてよ……そういうこと……?  凡庸な頭脳へも光を届かせていた。
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