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「びっくりしてすぐ降ろそうとしたんですけど、なにしろ友だちもあたしと同じような体格なので、力もなくて。ロープほどこうにも、きつく締まっちゃってるし……」
速やかに救急車を、との頭は働いたが―――、
呼べばこっちの携帯ナンバーが知れることになる。
事故だといっても罪になりかねない。
こっちは頼まれて、よかれと思いやったこと。それで罪に問われてはたまらない。
場所柄、近くに都合よく公衆電話のあるはずもなく―――。結局、ふたりはなす術持たず、死を見届けるはめになってしまった―――。
そんな告白をしながらも、花奈の表情に、案の定、翳る部分は見あたらなかった。
以来、くれぐれも気をつけるよう依頼者に通達はしたが、同じケースは何件か出てしまった。
そこでふたりは、
“決まった時間内しか撮影は行わず、それ以上無理をした場合、どのような状態になっても当方はいかなる対処も行わない”
という旨を記した契約書を、相手方と交わすことにした。
その時間というのは、失神にいたるまでの、それ。
「亡くなった人たちを写した連写写真から、失神するまでの時間を割りだしたんです。
あたしのカメラはそんな上級機じゃないので、一秒間に五コマ撮影でやりました。で、気を失うまでの間が、短い人で九秒、長い人は一三秒だったんです。だからその最短を“決まった撮影時間”としました」
「九秒……」
「はい。友だちがあらかじめスマホのタイマーを九秒に設定して、アラームが鳴ったらすぐ踏み台に足をつける、っていう約束にしたんです。
そういうふうなルール決めをしてからの人たちは、命に関わることだけはありませんでした」
命に関わることだけは……。
「なので、展示した人たちは、そのルール施行前に撮った方々なんです。
まあ、人間の限界時間がわからなかった彼女たちは気の毒でしたが、そもそもこの趣味って、死ぬ危険性がまったくないといったものではないですよね。彼女たちもそれだけは理解していたでしょうから、仕方ないですよね」
そう飄々といった口を、彼女はお茶で湿らせた。そして、
「あ、これ食べてくださいよ」
お茶受けに出していてくれていたチョコレートの小箱を差しだした手は、
「一緒にいけないかしら?」
唐突に出た台詞で、とまった。
「……え?」
「その撮影現場へ、一緒に」
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