(四)

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「びっくりしてすぐ降ろそうとしたんですけど、なにしろ友だちもあたしと同じような体格なので、力もなくて。ロープほどこうにも、きつく締まっちゃってるし……」  速やかに救急車を、との頭は働いたが―――、  呼べばこっちの携帯ナンバーが知れることになる。  事故だといっても罪になりかねない。  こっちは頼まれて、よかれと思いやったこと。それで罪に問われてはたまらない。  場所柄、近くに都合よく公衆電話のあるはずもなく―――。結局、ふたりはなす術持たず、死を見届けるはめになってしまった―――。  そんな告白をしながらも、花奈の表情に、案の定、翳る部分は見あたらなかった。  以来、くれぐれも気をつけるよう依頼者に通達はしたが、同じケースは何件か出てしまった。  そこでふたりは、 “決まった時間内しか撮影は行わず、それ以上無理をした場合、どのような状態になっても当方はいかなる対処も行わない”  という旨を記した契約書を、相手方と交わすことにした。  その時間というのは、失神にいたるまでの、それ。 「亡くなった人たちを写した連写写真から、失神するまでの時間を割りだしたんです。  あたしのカメラはそんな上級機じゃないので、一秒間に五コマ撮影でやりました。で、気を失うまでの間が、短い人で九秒、長い人は一三秒だったんです。だからその最短を“決まった撮影時間”としました」 「九秒……」 「はい。友だちがあらかじめスマホのタイマーを九秒に設定して、アラームが鳴ったらすぐ踏み台に足をつける、っていう約束にしたんです。  そういうふうなルール決めをしてからの人たちは、命に関わることだけはありませんでした」  命に関わることだけは……。 「なので、展示した人たちは、そのルール施行前に撮った方々なんです。  まあ、人間の限界時間がわからなかった彼女たちは気の毒でしたが、そもそもこの趣味って、死ぬ危険性がまったくないといったものではないですよね。彼女たちもそれだけは理解していたでしょうから、仕方ないですよね」  そう飄々といった口を、彼女はお茶で湿らせた。そして、 「あ、これ食べてくださいよ」  お茶受けに出していてくれていたチョコレートの小箱を差しだした手は、 「一緒にいけないかしら?」  唐突に出た台詞で、とまった。 「……え?」 「その撮影現場へ、一緒に」
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